シンデレラ2

すぎな之助(旧:歌帖楓月)

0.いくつかの昔の風景

「王子とフロラは仲良しになったわね」
 十八の妹が、にやにや笑っている。
「うん。子供は誰とでもすぐ友達になるからな」
 十歳上の兄は、機械油まみれで、ゼンマイや旋盤を見回しながら、適当に答えた。
「フロラもかわいそうにねえ。小さいのにこんな小難しい王宮になんか連れてこられて。お母さんが亡くなったばっかりに、面白くもおかしくもない父さんにくっついて、建築現場にまでこなきゃならないんだから」
「仕方ないだろう。子守を雇う賃金がないんだから」
「あのねえ。高給取りがよく言う。気になってたんだけど、兄さんの給料、どう使われてるの?大方、研究にばっかり金かけてるんでしょ。そうだ。お金ないのなら、あの城売ればいいでしょ?親子二人にあれはちょっと広すぎで大きすぎよ」
 妹の言いたい放題を、兄は適当なうなずきで受け流していたが、最後の言葉にだけは、厳しい真顔になって首を振った。
「いや。あれだけは売らない。あれは試作品だから」
「試作?」
 向こうの花園で走り回っていた娘が、今度はこっちに駆けてきた。金色に輝くペンダントを持っていた。
「父様!これ、くれるって!」
 父は、ドライバーでネジをぐるぐる回しながら、暖かな表情でネジ山ばかりを見つつ、愛情をもって適当に答えた。
「そう。よかったねフロラ。ちゃんとお礼言ったの?」
「言ったわ!」
「じゃ、いただきなさい。」
「はい。あのね、この色が、私の目の色と似てるのですって。似てる?」
「うん。よかったね。」
 妹は首を傾げながら、二人のやりとりを紙芝居のように見て、呆れた。
「どうして懐くのかしら。この子は。このひょうひょうとしすぎた父さんに」


 彼の一人娘は、彼の枕元にじっと立っていた。彼は、喉の渇きと病の苦しみとに脅かされて、細く涸れてしまった声を漏らした。
「ローズ」
 彼の体は干からびた褐色になり、骨と皮だけになっていた。かつて、数々の女を泣かせ、堕落させてきたとは到底思えない、無残な病み様だった。もはや、体のほとんどが死後のようだった。
 娘は、じっと立って、父の顔をじっと見た。じっと見ていた。
 今、虫の息の父をここに留めおける方法は、視線の糸でつなぐことだけだと、神から知らされているように。
「ローズ、とうさんの、鍵の掛かる衣装ダンスがある、だろう?赤いほうせきばこ、おぼえてるか?」
 娘は、うなずいた。
「あれ、おまえが、もってろ。ぜったい、あの女に、わたすんじゃ、ないぞ。いいな。やくそくだぞ。お前が渡すのはローズという名前だけで充分だ」
 娘はうなずいた。そして、口を開いた。
「とうさん、」
 返事は、なかった。


 気づいたときには、もう、時間がなかった。急いで、王子に言葉を残した。妹に頼んだ。娘に言い聞かせた。
「すまない。フロラ。本当はもっと」



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