シンデレラ2

すぎな之助(旧:歌帖楓月)

1 王子、魔法使いに遊ばれる

「結局見つからなかった!? よくもそれで帰って来れたものだな!」
 やさしい白の王宮に、凛とした声が響いた。
 白大理石の、象牙のような床に、瑞々しい張りのある青年の声が、遠慮なく反響した。
 髪の色と同じ銀の刺繍の入った純白のマントを身にまとい、絹布で作られた黒色の衣装をすらりと着こなした若者が、ひざまずいてうつむいた孔雀色の長衣の女性を叱咤していた。
「では、カールラシェル教授の時計は見つからずじまいか?」
 それまで、申し訳なさそうにしていた女性は、きっと顔を上げた。金銀に輝く眩しい髪が揺れる。
「だったら、あなたが見つけに行ったらいかが?」
 女性は立ち上がって、青年を見下げる。彼女の方が、あからさまに背が高い。
 若者の方も背は高い方なのだが、明らかなその身長差、そして、女の居丈高さに、気分を害した。
「自分で捜索できるものなら、とっくにそうしている!」
 女は、空中を舞う羽毛を吹くように、ふっ、と鼻で笑った。
「ウソおっしゃい。毎晩毎晩遊び倒して。舞踏会をハシゴするほど暇があるのでしょう? なら、どうして、あなたのお大切な時計を捜す時間がないのかしら! どうして、教授の行方を捜さない? 私は指示されるのも監督されるのも大嫌いなの。ご存じでしょう? 王子。この飛び抜けて優秀な魔法使いの私が、毎日毎日毎日! 仕事ほうり出してここまで捜したのですよ? なのにお叱りになるの? まあいいわ。じゃ、私は捜索を降ります。後はご自分でおやりなさい。私に見つけ出せなかったものを、貴方が見つけてごらんなさい?」
 明らかに侮蔑の表情を作って、魔女はほほ笑んだ。劇薬でも仕込んだかのような美貌が、ぞっとするほど美しかった。
 突き放された王子は、額に青筋を浮かべて応えた。
「ちょっと待て! 言いたいことを言ってくれるな? 私だって、好きこのんでで舞踏会に行っている訳ではない! 捜したいに決まってるだろう! だが、舞踏会の出席は義務だ! 主催は全て私の名だからな! それもこれも、縁組を望む周囲の陰謀でな!」
「それは良かったですわね。おせっかい焼きの親類知人が多いのは、大層な財産ですのよ?」
「嫌みを言うな! 毎日毎日、毎時間毎時間、会う者会う者、『私のところに姫がいるのですが』だの『どのような方がお好みで? 』だの『王子が一声かけてくだされば、皆、大喜びです。是非』だの言われてみろ! 最近は何をするにも、私の周りには誰かが張り付いて、すきあらば縁談を持ちかけてくる。もううんざりだ! 何を言っても二言目には縁談になる! だから、こうして密かに、信の置けるお前だけに頼んでいるのではないか!」
「まあ」
 魔法使いは相手の攻撃を逆手にとる武道家のように、すこし冷酷にほほ笑みながら首をかしげた。
「ええ。その信の置けるわたくしが捜しても、見つからなかったのでございます」
 加虐的なほほ笑みの魔法使いに、弄ばれているような気持ちになった王子は、憮然とした表情になった。そして漏れでた彼の声は、低く沈んでいた。
「では、望みはないということか? カールラシェル教授の時計は、もうどこを探しても、王宮のもの以外にはないと? では謎は謎のままになるのか……」
 魔法使いは、王子の沈んだ声に、得たりと明るく笑った。
「ただ、城は見つけましたわ。時計があるかは知りませんけどね。ふふふ! ああ面白かった。この小生意気な面憎い王子を困らせてやることができたわ」
「な、!」
 実は予想以上の成果を隠し持っていた魔法使いに、王子は「やはり遊ばれていた!」と嫌な予想が当たって、憤慨した。
「お前っっ!」



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