シンデレラ2

すぎな之助(旧:歌帖楓月)

3 舞踏会1 王子と美姫

「王子。馬鹿みたいですわ」
 隣に座る麗しい姫君が、目の前で繰り広げられる、優雅にして壮麗なダンスパーティーをつくづく見つめながら、嫌気がさした様子でつぶやいた。
 姫君の隣に座る貴公子は、優雅にして壮麗な舞踏を眺めながら、嫌気がさした様子でつぶやいた。
「そう思うだろう。これで私の苦しみがわかったか」
「まさか!」
 姫君は、大仰に手を振って見せた。
「あなたのお気持ちなんか、わかるわけございませんでしょう?あなたは主催者。つまりこの舞踏会の主人公。私はというと、あなたに無理矢理連れて来られた哀れな添え物。空しさにおいて、天と地の開きがありましてよ。あーあ。王子、もうすぐ三十路に近い私には、このピチピチした若人たちの、暑苦しい向上心やら功名心やらから来る熱気が、うんざりでしてよ」
 美しい乙女が、そのような愚痴やら疲れ果てた感想やらをこぼしたので、王子はさらに一段と眉を顰めた。
「頼むから、そんな外見でそんなことを言わないでくれ。まったく。人の苦しみをあざ笑って気分を害させ、その上、さらに疲れさせるような言動までするとは。見上げた根性だな」
「んまあ。正直な感想さえ言わせてはいただけませんのね。ああ。ストレスで痩せそうだわ」
「ストレスでそのねじ曲がった根性が細くなってくれれば、なおいいのだが。こんなことならいっそ、若返りの魔法で若くなったあなたを隣においた方が、私の心の負担が軽かった。外見と内面の落差が大きすぎる」
「なんですか?若返りだなんて。若い私が若くなったら赤ん坊以外にないでしょう?赤ん坊がお好きなの?」
「……。この際赤ん坊でいい。言葉を話さない分、赤ん坊の方がずっといい。ところで、どちらの姫かは知らないが、いいのか?勝手に化けて」
「大丈夫です。決して表には出て来ない姫ですから。王子が『連日連夜』出席されている各家の舞踏会でも、一回たりとも見たことのない顔でしょう?」
「お前、連日連夜という言葉を妙に強調するのは一体どういう意図からだ?たしかに見ないな」
「別に、わたくし一人を働かせて、王子は毎晩毎晩浮かれ遊んでいるということに対する当てつけではございませんわよ?」
「だから嫌々行っているというのに。年寄りは同じことを何回も言わせるから困る」
「誰が年寄りですか。このお子様が。あら?ところでまさか、お気に召しまして?この姫君」
 可憐な姫君は、ニヤリと笑った。
「そんな風に笑うなっ!」
 王子は毒蛇に遭遇したように叫んだ。
 突然、声を粗げた王子に、周囲の皆がぎょっとした。談笑をやめて、何事が起こったのかと、一斉に二人を見た。
「あ……」
 人の話し声がしいんと止み、全員が二人に注目した。
「ふふ、王子ったら、ご冗談ばかり。なんて楽しい方なのでしょう。ふふふ」
 姫君は、美しさに物を言わせた天使の微笑みを浮かべて、周囲の男たちの視線を根こそぎ奪った。
「これは失礼を。あなたの美しさに心奪われるあまり、つい、くだけた口調になりすぎてしまったようだな。フッ」
 王子は、端正にして優雅なロイヤルスマイルを浮かべて、周囲の女たちの視線をことごとく奪った。
「まあ……、なんてお似合いの二人なのでしょう」
「ああ、王子様、素敵」
「一体、どちらの城の姫だろうか。なんと美しい」
 結果、二人を誉めそやす話題が自然発生した。同時に、声を粗げた二人に向けられていた探るような目が霧散した。
 王子はうんざりと息をついた。
「全く。お前が奇矯な言動をするから、私が迷惑を被る」
 姫君が眉を上げた。
「なら私に頼まねばよいのです。この我がまま王子。ああ嫌だ嫌だ。いつかあなたの嫁に来るだろうどこかの姫に同情いたしますわ」
「ちょっと待て。誰が我がままだ。普通その外見なら、言動に気を配るものだろう?ましてや、私が見初めた姫という設定で、私の隣の席に陣取っているくせに、いつものままの根性曲がりの魔法使いをやっていてどうするのだ」
「んまあ。よろしいの?わたくしがそれなりの行動を取ったら、王子、感動のあまり腰を抜かしましてよ?みっともない」
「誰がみっともないだ。私はまだその行動を見てもいないし、腰を抜かしてもいない。万が一そんな芸当ができるなら、是非ともお願いしたいものだな」
 苦い表情で王子は姫君を横目で睨んだ。
「ほっほっほ。よろしくてよ?」
 姫君は、再び、ニヤリと笑った。
「だからその笑いは、」
 苦言を言おうとする途中で、王子の頬が真っ赤になった。
 姫君が、恥じらいの微笑みを浮かべて、そっと、王子の腕に寄り添った。
「夢のようでございます。こうして、王子様のお側にお呼びいただけるなんて」
 やんわりと顔を上げて王子を見つめ、早春に咲く桃の花のように心とろかす微笑みを、そっと浮かべて見せた。
 王子は、悠久の世界に閉じ込めたくなるほどの姫の麗しい微笑みに、心奪われて、表情を無くした。
「ほらほら。中身は私なんですから。そんなに骨抜きにならないでくださいまし。ああ、みっともない」
 同じ姫の口から、うってかわって世間ずれした美声が耳に入り、王子の顔が、もっと赤くなった。もちろん今までと同じ理由ではない。
「中身に赤くなっていた訳ではない!」
 抗弁する王子に、姫は蚊を払うようにぞんざいに手を振った。
「はいはいはいはい。ったくもう。いいですわねえ若い者は。純情で」
「黙れ、この陰険魔女」
「んまあ。あんまり仲が悪そうに語らっていると、あなたのだあいすきな女の子方が近寄って参りますわよ?『あらあ!王子様とあの姫君、けんかなさっているのではなくって?』『そのようだわ!さっそく王子の元へ近づいていって、あの姫君の座を奪い取るのよ!』もしもそうなったら、私、争うことなどせずに、潔く席を譲る所存でございます」
「薄情者」
「でしたら、内心どんなにいがみ合っていても、表面上は仲良くいたしましょうね。ところで王子。さきほどの質問ですけど。この姫君、気に入りました?」
「お前が化けているというだけで、8割方、嫌気がさしているところだが」
「それはようございました」
 お互い、冷たく睨み合った。
 と、あちこちから、「まあ、ケンカでしょうか?」「おお!仲たがいか!ほら〇〇姫や、今じゃ!王子様の所へごきげん伺いに行け!」というヒソヒソ声が聞こえてきた。
 二人は瞬時に和やかな雰囲気に切り替わり、にこやかに談笑する。
「中とか外とか、この際どうでもいいんですよ。王子の恋愛避難所として働けるほど、私は暇じゃないのです」
「悪かったな。妙な仕事押し付けて」
「いいえ。報酬がっぱりいただいて、プラスマイナスゼロにもっていきますから、お気になさらないで。じゃなくて本題です。王子、この姫は、毎日毎日、」
 ここで、姫君は、王子を両肩をつかんで、むりやり自分の方に向けた。
「こんどはなんの嫌がらせだ?」
 王子はにこやかに問う。
 姫君も、にこやかに笑った。
「嫌がらせではありませんの。報告ですわ。毎日毎日、こんな顔で夜空を眺めてため息です。たまには涙」
 姫の表情から、笑みが抜け落ちた。
 北の果ての荒野のような、凍えた無常の表情だった。造作の美しさから、笑わない人形のように見えた。
「さらに、いわれのない虐待まで受けていると知ったら、王子、あなたはどうなさいます?」



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