シンデレラ2

すぎな之助(旧:歌帖楓月)

6 ガラスの靴〜継子から虜へ〜

 シンデレラには金糸銀糸が織り込まれ、真珠の飾りが満天の星のようにつけられた、白い絹のドレスが着せつけられた。白金色の、目も眩むような輝きの髪は、真珠と月光石で結い上げられ、唇には薄桃色の紅が引かれた。白くなめらかな足には、ガラスでできた靴が履かされている。
 4人の召し使いたちに、ほとんど連行されるようにして、化粧室からプリムラの部屋に帰って来たシンデレラは、黒いドレスを身にまとって、科人への罰を執行する女王のようにぞっとする笑いを浮かべている彼女の前に引き立てられた。
「ぴったりね」
 プリムラは、シンデレラの方へと足を一歩踏み出した。
 シンデレラは、身を引くことはしなかったが、深い青の瞳を少し細めた。
「あなたたち、出て行って」
 4人を見ず、プリムラはそう命じた。
 部屋は二人だけになり、扉が閉まった。
「いらっしゃい」
 プリムラは、左手を差し出した。
 シンデレラの表情も体も動かない。
 漆黒の女は、嗤った。
「わたしの言うことが聞けないのかしら?」
 白いドレスを着せられたシンデレラは、首を振った。
「何を、考えてらっしゃるの?」
「飾り立てたら見栄えがするだろうと思ったのよ」
 シンデレラは、一歩下がった。
 プリムラは首をかしげて刃物のように笑った。
「逃がさないわよ」
「いいえ。奥様から言い付けられています。真珠を選り分けなければ。」
 静かに返答したシンデレラに、プリムラは、追い打ちのように微笑んだ。
「そんなこと許さないわ」
 プリムラが、一歩踏み出した。
 シンデレラは後ずさった。
「無駄なことよ。あなたは、もうあの女の継子でもなんでもないのだもの」
「?」
 意味を測りかねたシンデレラは、返す言葉を用意できなかった。
 プリムラは、白い美貌の乙女をいたぶるように一層笑った。
「あの真珠はね、私の物だったの」
 更に一歩近づく。
 シンデレラはさらに後ずさり、扉の際まできたが、外側から施錠されており、扉は頑として開かなかった。
「買ったの。あなたを。あれと引き換えにしてね」
 表情のなかったシンデレラから、顔色が抜け落ちた。
「買っ……」
 プリムラは、首を刈るように、凄惨な笑みを浮かべた。
「あなたは私の物よ」
「!」
 シンデレラの膝から力が抜けた。
 めまいを起こしたように姿勢が揺らぎ、扉に背をつき、床に落ち掛かった。
「まあ、なんて顔」
 死人の元に舞い降りる黄泉の使いのように、プリムラが冷酷に微笑みながら歩み寄って来た。
 床に、黒いドレスの膝がつき、愕然としているシンデレラの肩を、薄紫に染められた爪が捕らえた。
「感謝なさい。これからは毎日毎日、ドレスと宝石で飾ってあげるから。この荒れた手も」
 プリムラは、シンデレラの右手首をつかみ上げた。そして、月の光のように艶やかな自分の頬に添わせた。
「水面のようになめらかにしてあげる。綺麗な灰被り姫」
 そこで言葉を切り、相手の急所を見つけたように、ひたりと笑った。
「そういえば、フローレンスだったわね。名前は。百花の女王」
「なんの、つもりなの?」
 シンデレラは、そうつぶやいた。
 プリムラは、まるで幼児の戯れ言を聞くように、眉を上げてその言葉を受けた。
「何のつもり、ですって?」
 シンデレラは軽蔑を表情にのせて、自分の右手を奪い取っている黒ずくめの美女を見上げた。
「まるで私を囲うような言い方」
「勘違いしないで。囲うのではなくて、飼うのよ」
 プリムラは、シンデレラ姫の顎を持ち上げた。鋭いほどに磨かれた爪が、飢えたように、柔らかい皮膚をつっと押していた。
「城の財産が底をついてきたのですって。母が嘆いていたわ。何しろ、あなたの父の残した遺産は、少しの貯金と、原稿料と、毎月の恩給、そしてこの城だけですもの。私たち三人には少なすぎるわ。だからね」
 プリムラは、触れるほど近くで、冷気を放つ微笑を浮かべた。
「私たち親子は、金のある男をここに引き込むつもりなの。餌は、城と私とあなた。若い、美しい、教養がある。その上、あなたときたら、物ですもの。いい慰み物になるわ」
 シンデレラは、右手を引こうとした。死神よりもたちの悪い美女から、一瞬でも早く逃れなければならない。そうでないと、何の望みも無くなる。
「私が嫌なの?」
 その仕草に、プリムラは一層微笑んだ。
 右手は自由にしてやるが、周りの空気が煙るほど目映く白いドレスの裾に、手を差し入れて、左の足首を掴んだ。
「でも、もう遅いのよ。あなたは私の物になったのだもの。そして、話はまだ終わらないわ。ねえ、ガラスの靴は痛くはない?シンデレラ。あなたのために作らせたのよ?靴の中が剣山のようでしょう?こんなに危険で美しい靴、世界中捜しても見つからないわ?どう、痛くて歩けないでしょう?」
 床に座り込んでいるシンデレラの左足首を、ドレスの裾から引き出した。そのまま、プリムラは目の前に持ち上げた。
「やめて、」
 ドレスの中の、幾重にも重なったペチコートから、吹きかけてある香水の芳香がふわりと漂った。心とろかすように甘いバラの香りがした。
 プリムラは、まるで水晶細工のように素晴らしくカットされて、多面的な光沢を放つガラスの靴に透けて見える、シンデレラの足を刺すように見つめて、満足そうに笑う。
「やっぱり。白い肌に硬いガラスが刺さり始めてる。血がにじんでるわよ。可哀想にね。とても痛いでしょう?でも、これは絶対に脱がさない。あなたが履くのは、この美しく輝くガラスの靴だけ。歩けず、動けず、あなたの自由を奪う靴だけよ」
 足を引こうとするが、黒いドレスの女は駆け引きを楽しむような愉悦に満ちた笑みを浮かべて、ぐい、と引き返した。
「懐かない子ねえ?それならもっと良いこと、教えてあげる」
 黒いドレスの裾の波を押しのけるようにして、朝霧のような白いドレスのシンデレラの折れるように細い腰を引き寄せ、苦もなく抱え上げた。
「なにをするの!」
「まあ。ようやく声を粗げたわね」
 明るい金髪の美女は、冷たい金髪の玲瓏たる乙女に、射殺すように微笑みかけた。
「もっともこれから、飽きるほど聞くことになるのだろうけど。楽しみね。フフフフ」
 まるで、宵闇が最後の残照を打ち消すように、黒い継姉は白い継妹を、いや、主は所有物を抱えて、部屋を出た。



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