シンデレラ2

すぎな之助(旧:歌帖楓月)

15 夢〜父娘の最期5

 時に、父様は意識を取り戻した。
 うわずった声で私を呼んだ。
「フ……ロラ、」
「父様!」
 私は父様に、父様の胸にそっと抱き着いた。父様の手がかすかに動く。私は父様の手をとり、頬擦りした。
「フロ……ラ、い、っしょ、……」
 一生懸命耳をすますと、父様の声が言葉で聞こえる。
「父様、父様、」
 荒い息にかき消された言葉を、わたしは必死で拾い集めて耳に入れた。
 良く覚えてる。父様の体がとても熱かったこと。頬を寄せた胸の中の鼓動が、泣きたいくらいに速かったこと。かすれた声をふりしぼり、父様が私を呼ぶ声の、忘れられないかなしさ。
 父様は何度か気づいて、私を呼んだ。私はそのたびに思った。きっと助かる。きっと父様は元気になる。
 けれど、気づくたびに、父様は弱っていった。
 命の刻限を示す砂時計が、はらはらと落ちるように。

「奥様、患者様の状態に障りますので、お嬢様をここから出してください。お静かにお願いします」
「なんですって!ローズは、夫の娘なのよ!娘が父親の病室にいて何がいけないというの?あなた、夫を心配する家族を何だと思ってるの!」
「奥様、お静かになさってください」
 継母が病室にやってきたのは、父様がここに来た翌日のことだった。
 父様のことは見ずに、看護の人と言い争っていた。
「ここは病院です。他にも重態の患者様が多数おいでになりますので、どうぞお静かになさってください。わたくしどもの指示に従えないのであれば、どうぞ病院から退出されてください」
 私は父様のそばに座り、父様の手を耳に当てて、ベットに突っ伏していた。
 鼓動が聞こえる。父様が生きている証が。
「ローズ、さかりのついた猫のように騒がないでちょうだい。静かになさい。ほら、さっさとここから出るのよ。全く、あなた、いい年して言葉もわからないの?病院では馬鹿な子でも静かにさせるってことでしょう?自分の子の不始末ぐらいなんとかしたら?」
「プリムラ!おだまり!」
 父様、もっとそばにいたい。
 もう少しそばにいたい。
 父様、

「フロラ、ずっとそうやってて疲れたろう?横にならないかい?」
 お医者様がやってきた。
 私は、椅子に座り、ベットの上に伏せていた頭を動かして、お医者様を見た。
「いいえ」
「ねえフロラ。あなたのお父様は、私たちが看病するよ。少しお眠りなさい」
 そう言って、お医者様についてきていた看護の人がほほ笑む。
「いいえ。ここにいさせてください」
 私は父様の手を抱いて首を振った。頭がふらふらした。父様の心臓の音を聞いていたいのに、よく聞こえない。悲しくなって、涙が出た。父様、父様が見えない。父様の音が聞こえない。

「可哀想に、」
 気を失うように眠ってしまったフロラを、看護スタッフが抱き上げた。
「隣に長椅子を持ってきて、そこに寝かせてやろう」
「三日も寝ずにそばにいてなあ、」
「同じくらい歳の子がいる身としては、いたたまれんわ」

 病院に来て、5日経った。
 今、父様の口には、人工呼吸器がつけられている。
 真っ赤だった顔の色は白く変わっていた。荒かった呼吸は、人工呼吸器が代わりをするようになった。
 静かに、とても静かに、父様は眠っている。私は変わらず、父様の手に耳を当て、父様の心臓の音を聞いている。
「フローレンスちゃん。どう?」
 継母がやってきた。ローズの手を引いて。笑顔を浮かべて。
 私は、「こんばんは」とだけつぶやいた。とても元気そう、と思った。
「さあ、フローレンスちゃん。お母様が看病を代わりますからね」
 継母は、私を椅子からどけようとする。
 私は首を振ったつもりで言葉を返した。
「私はここにいる」
「いいのよ、遠慮しないで。お母様が代わりますから」
「私はここにいる。看病するのだったら、向こう側へ行って。あなたがいると父様の音が聞こえない」
「な……、」
 私は無言で、父様の手に耳をすました。
 穏やかに、心臓の音が入ってくる。
 でも、わかる。何日か前、速かったときの方が、希望があったのだと。

 夜遅く、父様が気づいた。
「フロラ」
 はっきりとした声が、聞こえた。私は急いで身を起こして、父様の顔を見た。
 父様が、目を開けていた。
「父様!」
 私は父様にそっと抱き着いた。
「フロラ、」
 父様は私をゆっくりと見て、目を細めて微笑んだ。
 ふらふらと腕が動いて、私をそっと抱き締めた。
「フロラ、」
「父様、」
 私はうれしかった。父様が目を覚ました。笑ってくれた。治るのだ、これで。
 父様は、ゆっくり言葉を紡いでいった。
「いとしいフロラ、いいかい、城を守るんだよ。そうすれば、いつか必ず、迎えがくるから。どうしても辛いときは助けてと言いなさい。誰かが必ず、助けてくれる。けれど、我慢できるうちは我慢して、城を守っておくれ。いとしいフロラ、ずっと、一緒だよ」
「はい、父様、はい」
 私は父様にとりつき、くいいるように父様のお顔を見た。笑った顔から涙が落ちた。
 父は、口をつぐんだ。
 私は首を傾げた。
「父様?」
 父様は、息を吐いた。
 ゆっくりと、ゆっくりと、時間をかけて、笑った。
「フロラ、笑って」
 私はまばたきを2回した。
 そして父様に微笑んだ。
「父様」
「愛しいフロラ。愛してるよ。本当はもっと、もっと一緒にいたかった。ごめんなフロラ、ごめんな」
 ゆっくりと、私の頭をなで、頬をなでて、父様は、目を閉じた。
「とうさま?」

 愛しいこの子をここに置いていく。
 約束だけ残して。
 フロラを城に残していく。
 約束だけ残して。
 愛しいフロラ。愛してるよ。
 ごめんな。本当は、もっと、



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