シンデレラ2

すぎな之助(旧:歌帖楓月)

17 歪んだ逢瀬

 ロビンは、甘い言葉をささやきかける。左隣にどっしりと座る肉団子のようなローズの右耳に。
「かわいいローズ。あなたは、私が今まで会ったどんな女性よりも、魅力的で、優美で、上品だ。私はあなたの、恋の虜」
 ローズの頬は真っ赤に染まり、口元は大きくゆるんでいる。
「そう?そうなのん?ロビン様は私に首ったけなのん?さっきお会いしたばかりなのにん?」
 うわずったローズの言葉を受けて、ロビンは熱っぽいまなざしをローズに向けた。
「そうだよ、ローズ」
 やや強引に、つかみごたえのあるローズの厚い肩を持って、丸い体を自分の方に向けさせた。
「きゃっ!」
「恋に時間など関係ないんだよ。ああ、ローズ……!あなたのつぶらな瞳に私の心はときめき、バラ色の頬に私の心は高鳴り、みずみずしい唇に私の心は空を飛ぶ。あなたこそ私の天使。私を酔わす恋の女神」
「ああん、ロビン様ん!そんな正直なことを言っては、ローズ困っちゃう!ロビン様ったら、なんて情熱的な、お・か・た」
 ローズは身をくねらせて恥じらった。そのしぐさを見てロビンは、ふ、と微笑んだ。
「では、私の真実の口づけで、あなたの戸惑いを消してあげよう」
 両肩にかけられた手が、ローズをロビンの方へと導いた。
「ああ!そんな!いやあん!」
 ローズは、頬を真っ赤に染めて悲鳴を上げた。しかし同時に、自分の両手を勢いよく延ばしてロビンを引き寄せた。
「おお、なんと積極的な、積極的、せ、う、ううう」
 初めは驚喜の声を上げたロビンだったが、ローズの繰り出す熱烈極まる抱擁と口づけに、もがき始めた。
「うう、く、苦し……!っおお!」
「ぶふふふふ!ロビン様!愛していましてよーん!」
 ローズによって、甘いというより、相手の息を吸い取って止めるような、禁断の技めいた口づけがなされた。じたばたするロビンを、ローズは放そうとしない。
「ううう!」
「ぶふふふふー」
 ロビンの苦しみなど気に留めず、ローズは口づけに酔いしれた。
 やがて、
 ロビンは青い顔でがっくりと気を失った。長椅子から崩れ落ちて、どさりと床に転がった。
 ローズは満足して笑う。
「うふふふふ。これでローズとロビン様とは恋人同士!よかったわん!」
 ローズは長椅子から立ち上がる。
「そうだわん!」
 ばちん!と、両手を打ち鳴らし、ローズは腹をさすった。
「恋の口づけしたら、とってもとっても、おなかが空いたわん!ローズ可哀想。そうだ!ぶへへ!腹ごなしに、ケーキを食べようかしらん!ちょっと!ちょっと誰か来てん!早く!早く来て!」
 大声で呼ばわると、ほっそりした召使いが、ぱたぱた走ってやってきた。
「なんでしょうか?ローズ様?」
「遅いのよう!私が呼んでるんだから、もっと早く来るのよう!ねえ!ケーキを持って来て!けちけち一切れじゃないわよ!一台丸ごとよ!」
「申し訳ありません、今すぐに」
 召し使いは、無体な要求にもかかわらず、恐縮して頭を下げた。下げた拍子に、床に倒れているロビンが視界に入った。
 召し使いは青ざめた。
「キャアアアア!」
 悲鳴を上げて、召し使いは後ずさった。
 ローズは、頬を震わせ、不機嫌に眉をひそめた。
「ちょっとお!うるさいわねん!男が倒れてるくらいなんだっていうのようっ!いいからそんなもの放っておいて、さっさと私のケーキを持って来てよん!」
 しかし、今までしおらしかった召し使いは、がたがた震え出して、ピクリとも動かない男を見たまま、首を振った。
「いや、あなたぁっ……!なんてこと!」
「ちょっとお!」
 言うことを聞かない召し使いに、ローズは癇癪を起こし、額に青筋を浮かべた。
「こんなのどうだっていいでしょう!私の言うことを聞いて!おなかが空いてるのん!早く持って来て!早く!」
「プリムラ様っ!プリムラ様あー!」
 召し使いは、きびすを返して、サロンを駆け出て行った。
「何なのよん!あの女!」
 ローズはバンバンと床を蹴った。
「私の言うことを無視したわねえ!んもおおお!」
 ぎしぎしと歯軋りまでし始めた。どたどたどた、と、その場で地団駄を踏んで、辺りを見回し、長椅子の前のテーブルに乗っていたガラスの花瓶をつかむと、腹いせに床に叩きつけた。花と水が飛び散り、ガラスは派手に砕けた。破片の一部は気を失っているロビンの頭に飛び散った。
「召使のくせにいい!わたしを無視するなんて、許せないいい!」



←もどる次へ→


作品紹介へ inserted by FC2 system