「そうだわ。あなたには、まだ話すことがあったわね」
シンデレラを抱えたプリムラは、階段室の扉の前まで降りた。プリムラは冷たい微笑みを浮かべてシンデレラを覗き込むが、返答も何もなかった。
シンデレラは、この感覚に既視感を覚えていた。
こんなこと、何度か、あった。
足の痛みと今の状況とで、彼女の顔には表情が無い。数度の瞬きの後、シンデレラは既視感の正体がわかった。
父様が、最後の数日間、私を抱えて、この塔を上り下りしたのだった。
そして扉を開けると、必ず継母が待っていた。張り付いた笑顔と待ち構えた表情で。
「鍵を寄越しなさいよ?扉が開けられないじゃないの」
プリムラに促され、シンデレラは、懐に入れた鍵を取り出して扉を開けた。
彼女に鳩の紋章が見えないように、しっかりと手で包んで、鍵先だけを扉に差し入れた。カチリと音がして、施錠が解ける。
プリムラが扉を開けると、召使が青い顔をして待っていた。抱えたシンデレラが、びくりと震えた。
「何を驚いてるのよ」
プリムラは怪訝な顔でシンデレラを見やる。しかしその問いかけは、召使の悲鳴によって遮られた。
「プリムラ様!プリムラ様!助けてくださいませ!夫が!夫が!」
プリムラは、目を細めた。
「夫ですって?ああ……、あれね」
シンデレラは、召使の奇妙な嘆願と、プリムラの動じもしない応対に、双方の表情を伺った。
夫?この二人、何の話をしているの?
「お願いしますプリムラ様!夫を助けてくださいまし!動かないのです!後生でございます!」
ほっそりした召し使いは、涙をぼろぼろ流した。
「わかったわよ。うるさいわね」
プリムラは、細い靴で、石の床をカツンと踏み鳴らした。
「ほらお行き。さっさと持って帰るのよ」
その言葉で、召使いの表情が、泣き笑いになった。
「ありがとうございます!ありがとうございます!」
転げるように、駆けて行った。
眉を寄せて見上げるシンデレラの視線に気づいたプリムラは、眉を上げてあざけるように笑った。
「なに?あなたには、自分以外のことを考える余裕なんて、ないはずよ?」
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