シンデレラ2

すぎな之助(旧:歌帖楓月)

19 牙を剥く男

「お前の過去を知る男は、もう、俺一人だけか。ふふ」
 暗い客室。寝台の上で、男は女を愛しながら、相手の運命をもてあそぶように低くつぶやいた。
 女は男にされるがままになりながら、吐息を交じえてつぶやく。
「そうよ……、あなた一人だけ。皆、遊びがたたって死んでしまったわ」
「ハッハハ、馬鹿な奴らばかりだったものな。それにしても、出世したものだな。マリー。城持ちになるなんて。昔は俺たちが養ってやってたのになあ」
「……」
 女の表情は曇った。男の目の表情に、意地の悪い光が宿る。
「ああ。思い出したよ。お前をここに嫁がせてやった、人のいい男がいたな。奴もお前の過去を知ってたのに、奴だけはよくしてくれたよなあ。でも、それが元で会社に損害与えたとかで、責任問われて追い詰められて首くくって死んだんだったな」
 女の顔が歪んだ。
「彼の自殺と私の結婚は無関係よ」
「!」
 男は一瞬、顔を引きつらせたが、すぐに意地の悪い微笑みに戻った。
「そうかい、それは済まなかったな。マリー。……しかし、昔はこんなに奥様然とした澄ました女じゃなかったよな。街に出ては俺たちを引き連れ、あの汚い家に帰り、くたばりかけのヒモの前でやったよなあ。ククク」
 過去の情景を思い出し、女は底暗い笑みを浮かべる。
「ふふ」
 二人、同じ過去を見ていた。
「俺は今でも、あのときのヒモの顔が忘れられないんだよ。『俺もこんなでなかったら』って悔しそうな顔して、そしてお前にたかる俺たちを『そんな女で満足してるのか』っていうやせ我慢のあざけりで見て。ククク」
 女は、男の首に手を回し、自分の耳元に引き寄せる。
「ねえ。もう昔の話なんかいいでしょう?それよりも、約束通り、今度はあなたが、私たちを養ってちょうだい。城はあげる。娘も何もかもあげるから」
 男は鬱陶しげに、ねっとりとすがりつく女の手を振り払った。窓の外を見て、にやにや笑った。
「昔見た、お前の娘はきれいだった。あの時はまだ十にもなってない頃か。お前に連れられて旦那の部屋に入ったとき、ぞっとするような色気のある目で俺たちを見た。……父親の手がついてたんじゃないのか?」
 女は、口惜しそうに歯がみした。
「そんなこと知るわけないでしょう。でも、その娘ももう二十になるのよ。あなたにあげるわ」
 男は舌なめずりした。
「わかった。お前の娘と引き換えに、お前たちを養ってやるよ。金なら掃いて捨てるほど余ってるんだ。そうだ。身寄りのない娘を買って、全部この城に閉じ込めるか。……、お前、そうなったら、娘たちの世話をしろ」
 女は顔色を変えた。動揺して震えるうめき声が漏れた。
「な、なんですって、」
 男は、女の感情の揺れをついばむハゲタカのような視線で、ひたりと見た。
「養ってもらえるだけでもありがたく思え。お前もあの変な娘も、所詮付け足しなんだよ。娘を貰う代金がわりに養ってやるから、俺のために働け」
「そんな!話が違うじゃないの!私たちを愛人として囲うって話でしょう!」
「ふん」
「一体、一体、どういうことよ!」
 男は鼻で笑った。悲愴な顔になってすがりついてくる女を、ぼろを払うように振り払った。
「ああっ!」
 女は寝台に倒れ込む。
 男は衣服を身につけ始めた。寝台の上に脱ぎ散らかされている女のドレスをつかんで、残らず床に投げ付ける。
「そう思いどおりに、都合良くいくとでも思っていたのか?思い上がるなよこの売女。昔、俺たちが相手をしてやったのはお前が若かったから、それだけなんだよ。今のお前なんか愛人にしても、なんの箔にもならないんだよ。男に媚を売ることしか知らない女が、俺の愛人として相応しいと思ってるのか?良家の未亡人ならまだしも。若さも教養も家柄も人柄もないお前なんか愛人にしたら、いい恥さらしだ。お前は叱られてこき使われるだけの下女で十分なんだよ。嫌なら追い出す」
「そんな、」
 女は、死体のように寝台に転がって、呆然と涙を流していた。
 男は吐き捨てた。
「おい。娘には話をつけてあるんだろうな?お前の口直しに、いただくぞ」



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