シンデレラ2

すぎな之助(旧:歌帖楓月)

28 甘夢の抹消 戦慄の真実

 ローズが、沢山のケーキや菓子類を、すっかり胃袋に収め終わったとき、プリムラは微笑み掛けた。
 今までに見たこともない、優しい微笑みだった。
「ローズ。幸せだった?」
 ドレスにこぼれた菓子くずを一つ一つ拾って口にほうり込んでいたローズは、初めて聞いた姉の優しい言葉に、顔を上げた。
 そこには、優しい顔をした姉がいた。
 ローズは、得意そうにあごを上げて笑い返した。
「まだまだ足りないわねん!でも、今日の所はこれでおしまい!明日はまたロビン様と恋のお稽古をして、そしたらおなかが空くから、もっと沢山いただくつもりよん!」
「そう」
 姉は穏やかに応じた。
 ローズは、さらに得意になって、言葉を加えた。
「やっぱり、私の美しさを保つのは、並大抵の苦労じゃないのよねん!美しいって大変よねえん?」
「そう思ってるの。よかったわね」
「そうよん!当たり前でしょーん?」
 なぜか、テーブルをローズから離して、プリムラは、嗤った。
「愚かな子」
 次の瞬間、ローズの天と地が、回転していた。
 えっと思う間もなく、ローズの頭と背中には、叩きつけられたような痛みが走った。
「ぎゃっ!」
 間髪おかず、喉に鋭い痛みが加わった。
「!」
 ローズは、訳が分からなかった。
 目の前には、いつもより遠くに天井が見えている。後頭部と背中と腰に、響くような痛み。すぐそばに、黒いドレスの裾、そして、喉を突き刺すような痛み。
 プリムラはローズを長椅子から引きずり落とし、仰向けに倒れたローズの喉を、靴のかかとで踏み付けていた。
「愚かな子ね」
 見下ろして蔑笑するプリムラに、ただローズは瞬きを返すばかりだった。
 プリムラは嗤いながら言葉を落とした。
「あなたは今までずっと、夢を見ていたの。長くて楽しい、幸せな夢。贅沢三昧で我がままに甘やかされて暮らした夢。楽しかったでしょ?本当のことを、教えてやるわ」
「……ゆめ?何言ってるのよん、お姉様ったら。ぎゃあっ!」
 呆然と返答したローズの首に、プリムラの、細い靴のかかとが踏み込まれる。
「馬鹿な口をそれ以上聞かせないでちょうだい。いいこと?物知らずの可哀想なあなたに、私が言葉を教えてやるから言いなさい。『お願いいたします。どうか私に教えてくださいませ』」
 ローズが返答しないでいると、プリムラの靴が顎を蹴った。
「ぐぎゃっ!」
 ローズはカエルのような叫声を上げた。
「さっさとお言い!」
 ローズは、いきなり蹴られた恐怖で震えながら、声を出した。
「お、おねがい、いたし、ます。ど、どうかわたしに、お、お、教えて、くだ、ださい、ませ、」
「教えてやるわ。あなたはね、死んだ父への、母の復讐の道具なのよ。あなたの父親はどこの男かもわからないの」
「え?」
 ローズの目が、見開かれた。
「どういうこと?」
 プリムラが嗤う。
「わからないの?もっと詳しく教えてやるわ。死んだ父はね、私が生まれたとき、母にこう言ったの。『お前に似なくてよかった。かわいいローズ』」
 ローズは、怪訝な顔になった。
「ローズは、私の名前よん?」
 その当たり前の反応に、プリムラは、おかしそうに嗤った。
「そうよ。だって、私の名前は取り上げられて、あなたに付けられたのだもの。父にそう言われた母はね、自分の造作に難癖を付けられたことに腹を立て、ヒモだった父の横柄な態度に憎しみを覚えたの。そして私の名前を取り上げて、私には『プリムラ』という名を付けた。そして、母の復讐が始まったのよ。あなたは、単なる道具。父への嫌がらせのための」
 ローズは、混乱した表情で、顔を斜めに動かした。
「道具って、何よん?ぎゃあっ!」
 プリムラが、ローズを踏み付けた。
「言葉遣いがなってないわよ?言ったでしょう?あなたは単なる道具だって。道具が偉そうな口をきくんじゃないの」
 こつこつこつ、と、ローズの厚いあごの肉に、細い靴先が当たる。
 ローズは、ぐずぐずと口を開いた。
「お、おおお、お願いします。どうか私に教えてくださいませ」
「いいこと?自分の立場を忘れるんじゃないわよ?もう夢は終わったの。あなたは道具なの。母はね、もう子供なんか産むつもりはなかった。ちょうどそのころ、父は体調を崩して寝込みがちになったの。母はこれ幸いに、父の部屋に男を連れ込んで見せつけた。あんたの母親はね、そういう女なのよ。でもいつの間にか、母の腹が出て来た。気づいたときには遅かった。避妊をしていたはずなのに、あなたはできたの。いつできたか、どの男となのかもわからないあなたがね」
「うそよ、」
「本当よ?あなたは誰にも似ていないもの。辛うじて、母と髪の色が同じ」
 ローズは、ぶるぶると首を振った。
「うそよ、うそよ、」
「話はまだ終わってないのよ、ローズ。気づいた母は、腹を叩いた、流すという食べ物は何でも食べてみた。しまいには、鉛まで飲んだ。なのに、あなたは消えなかった。あなたを入れた母の腹は、どんどん大きくなる一方だった。そして、それを見た父は、わらいながらこう言ったの。『どんな子がでてくるか楽しみだな。きっと、お前にそっくりだろうさ』そして産まれたあなたを見て、母はね、笑って言ったの。『こんな子にローズって名付けて、あの忌ま忌ましい男の前でこれ見よがしに溺愛したら、どんなに楽しいかしら』って。そして、あなたは夢を見させてもらえた。母の復讐のために。あなたは私の名を付けられて、父への復讐の子守歌を聞いて、嫌がらせのための愛情を際限なく与えられたのよ」
 ローズは、激しく首を振った。
「うそよ!そんなのウソよ!だって、だって!お母様は、お姉様よりも私を甘やかしてくれたじゃないの!愛してもらったのは、私なのよ!わかったわ!お姉様ったら、恵まれてる私に嫉妬してるのね!……ギャッ!」
 ローズは、顎をしたたかに蹴られた。
「どこまでも愚かな子ね。あなたが愛されてたですって?教えてやるから、ありがたく思いなさい?あなたは五体満足なのに、15歳にもなって、読み書きもまともにできない、礼儀も知らない、ダンスの一つもろくにできない。そんな令嬢が一体どこにいるというの?母にとってあなたはね、ただ、欲望のままに生きている物であればよかったの。あなたがみっともなければみっともないほど、私の名を奪われた父はやり場のない怒りに狂った。あなたは母に愛されたのではないの。私の名を奪い取って、私の名前を貶めることをする、道具だったのよ。あなたの精神的な幼稚さや醜さが、母の道具だったの」
「……」
 ローズは、何か言おうとしたが、口が震えるだけで、何も言葉にならなかった。
 プリムラは、冷たく嗤った。
「その上、あなたは、間違いなくそんな環境で生かされているのに、何の疑問も抱くことなく、今までただ生きたいように生きてきたのよね。見ていて本当に滑稽だったわ。ねえ、何故、不思議に思わなかったの?どうして私が母に嫌われているか。どうして、本当の城の主であるフローレンス、シンデレラが、召使いのように扱われているか。どうして自分は母にも父にも似ていないのか。なにも、不思議に思わなかったの?だったら、さぞ楽しかったでしょうね?今までの夢が」
 ローズは、ただ首を振って泣き出した。
「ウソよおお!ウソだわあ!」
 プリムラは、ローズの喉を踏み付けている足に力を込めた。
「ぐげっ!」
「おだまり!それ以上みっともない泣き声を上げると、声を出せなくしてやるわよ。誰か来て!」
 ローズを踏み付けたまま、プリムラは召使いを呼んだ。
 そのとき、扉が開いた。
「プリムラ様、大変です!」



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