シンデレラ2

すぎな之助(旧:歌帖楓月)

29 魔法使いの部屋で

 魔法使いの部屋で、王子とクリスティーナは話を続けていた。この部屋の床には灰色の大理石が張られていた。四方の壁には、床から天井まで棚が作られており、種々の乾燥した植物や、様々な色形をした鉱物、乾燥した生物や薬漬けにされた生物が、ぎっしりと詰まっていた。床の上には、整頓された大きな机と、椅子と、王子と魔法使いがいた。
 王子は、棚をぐるりと見回して、眉を寄せた。
「いつ来てもこの部屋は恐ろしいな。クリスティーナ」
 魔法使いは深くうなずく。
「そうでしょうとも。あなたの幼少の思い出が、がっちり染み付いているからでしょう?あなたはよく悪さをして、この部屋で私に叱られ続けてきましたものねえ?忘れませんわよ、あなたの数々のいたずらは。大切な植物標本をたき火にされたことが8回。調合済みの粉薬を床に落として、舞い上がった薬を吸い込み、危うく中毒になりかけられたのが5回。国に3個しかない貴重な鉱物を石蹴りの石に使われて池に落とされたことが3回。あとは単なる掃除用具のホウキを、『魔法使いクリスティーナの部屋にあるホウキなんだから空が飛べるはずだ!』と血迷ったことをおっしゃられて、あやうく2階から転落しそうになったことが1回、それから……」
 クリスティーナが言葉を重ねるほど、王子の頬がひきつっていく。
「もうそれ以上しゃべるな」
「まあ、そんなに不機嫌になられてはいけませんわ?」
 魔法使いは悲しそうな顔で王子をたしなめる。
「嘘偽りの無い、幼少の頃の微笑ましい思い出ではありませんか。『そんなこともあったな』と、軽くお笑いになられたらいかが?」
 王子の口元が、喜びでない微笑みを浮かべた。
「お前が意図しているのは、『微笑ましい思い出』ではなくて、『過去の恥ずかしい話暴露』だろう?それなら一つも笑えんが?」
「あらあら。賢くなられたのねえ。クリスティーナ、寂しいですわ」
「私はお前と話していくうちに、純真さや素直さをこさぎ落とさざるを得なかった自分を知っているが?」
 クリスティーナはしみじみとうなずく。
「そうやって、人として大きくなっていくのですよ。あなたが大人の階段を登るお役に立てて、うれしゅうございます」
「もういいわかった。私は明日も舞踏会で自由な時間が少ないのだ。今のうちにさっさと話をしたい」
 無機的にまとめた王子に、魔法使いはけろりとうなずいた。
「ええどうぞ、ご自由に?」
 王子は、しばしの間、机に目を落とした後、言った。
「実際のところ、クリスティーナ、教授の時計は見つかったのか?」
 魔法使いは微笑んで、首を傾げた。
「時計そのものは見つかってません。見つけたのは城と、教授の娘です」
「そうか。なあ、クリスティーナ。教授の娘は、ずっと城にいたのか?」
 クリスティーナのうなずきが返った。
「はい」
 王子が重ねて問う。
「お前は、娘が虐待を受けていると言った。まさか、城から一歩も出してもらえないのか?」
 二拍ほどおいて、うなずきが返された。
「そうですね。城からは、一歩も出られません」
「衣食住は足りているのか?暴力を受けているのか?受けているとすれば、誰から?」
 矢継ぎ早の質問に、魔法使いは、王子を安心させるようにほほえむ。
「そんなにご心配なさらないでくださいな。命にかかわることは何もされておりません」
「本当だろうな?」
 真剣で厳しいものが混じった王子の視線を、クリスティーナはしっかりと受けて、はっきりうなずいた。
「ええ。この目で見てきたのですから」



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