「ただ待っているのも芸がない。部屋を見せてもらおうか」
男は、寝台から立ち上がった。
ふと、漂ってくる芳香を嗅ぎ取って、男の顔は、爛熟した享楽に向かう笑みに歪んだ。
「薔薇の香りと湯気の香り。ほう、これはまた、」
しだいに深くなる笑みを抱えながら、男は左の壁に開いている扉に向かって歩いた。
3人の召使いは、男の後をつかず離れず追いながら、蔑むように見ていた。
白大理石が張られた浴室には、うっとりするような薔薇の芳香にあふれていた。
「真紅の薔薇を浮かべた風呂とは……」
男は、大理石の床に掘り込まれた浴槽に夢のように浮かぶ赤い薔薇をすくい取って、鼻孔に近づけた。
薔薇の香気が体を甘く捕らえるのにまかせて、男はくぐもった笑い声を上げる。
「っふふふ。楽しみだな」
広い浴室を検分していく男を、3人の召使いは扉の辺りで冷たく見ていた。
「どうする?」
「縛り上げてやってもいいけれど、プリムラ様の心積もりか解るまでは、やめておいた方が良さそうね」
そこに、召使いが一人戻って来た。
浴室の扉に立つ3人のところに歩み寄り、背後からそっと伝えた。
「放っておきなさいって」
3人は、わずかに振り返り、無言でうなずいた。
帰って来た一人は、浴室を歩き回る男を、つらりと見た。
「あんなのプリムラ様には不釣り合いだわ。あの鼻ひげ、ナマズみたい」
3人はクスクス嗤った。
男は、明らかに自分に向けられた嘲笑を聞き付けて、低く、嘲るような声を投げた。
「余程しつけがされてないと見える。召使いの分際で」
粘着質な視線をさらりと受け流して、召使たちは嗤う。
「申し訳ございません」
「まあこわい」
男はつかつかと舞い戻ってきた。
「生意気な小娘たちだ」
一人の召使いの腰を引き寄せて、あごをつかみ、強引に仰のかせた。
男は残り三人を睥睨して、あざ笑った。
「生意気であればあるほど、調教し甲斐があるというものだ。娘もお前らも、今晩まとめてかわいがってやる」
召使たちは動じだにせず、含み笑いを浮かべ続ける。
「どうぞご存分に?」
「わたくしたちだけで足りますの?城中の者を呼んでまいりましょうか?」
「でもこんな力では無理かしらね。これではまるで子供に抱かれているよう」
「明日の朝には、続かずに死んでしまうのではなくて?」
「ホホホホホ!」
4人は高音の笑い声を上げた。
男のこめかみが波打った。
引き寄せていた召使いの衣服を、勢いよく裂いた。
ビイッという衣の悲鳴が上がり、白いブラウスのボタンが飛び、黒いエプロンドレスが足の付け根まで破かれた。
男は召使いを引き倒し、その場で、組み敷いた。
男は、争いあう肉食獣のように、荒い息を吐きながら残忍な表情で言った。
「主人の言うことには絶対服従だと、体に覚え込ませてやる」
召使いの衣服をはぎとっていく。触れた若い女の皮膚は、血が通っていないようにひたりと冷たかった。
召使いは抵抗もせず、されるがままで嗤いかけた。
「どうぞ?ご存分になさったら?」
周りを垣根のように取り囲んだ3人の召使たちは、笑い声のさざ波をたてた。
「ウフフフ」
「では私たちは、ゆっくり見学させていただきますわ」
「どうぞあなた好みの召使いに染め上げてごらんなさいまし。フフフフ」
女たちの笑い声が、劣情にたける男の体の中に忍び入り、何か冷たい予感を、ひやりと頭の中に入れた。男は、手を止めた。自分の下にある召使いの嗤い顔を見る。顔を上げて、3人の召使いの顔を見る。
飼育カゴの虫の生態を観察するような表情をしていた。
女たちは、脅えた内心を押し隠して、虚勢を張っているのでもない。
男を知らない処女の、無防備で生意気な表情でもない。
かといって、慣れ過ぎた顔でもない。
「……」
観察している。
ただの好奇心で。
それも、男への好奇心ではなく。
「お前たち、まさか、」
男は、嫌な予感がして、ぞくりと体を震わせた。
召使たちは、4人とも同じ種類の表情で、嗤った。
「どうかなさいまして?」
「おやめになるの?意気地の無い方」
「そんな方を主人にするわけには、まいりませんわ」
「プリムラ様の命令ならともかく」
男は立ち上がった。
「おまえたち、まさか、」
捉えどころのない気味の悪いものを見るように、男は見た。
「ほほほほほ!なあに?もうよろしいの?これでご満足なの?おほほほほほ!」
床に転がった召使いが、笑い転げた。ぼろぼろにされた黒と白の衣服が、床に散々に広がる。
男からは、征服欲や色欲に駆られた上気した表情が消え去っていた。
4人と同じ空気を吸うのでさえ気分に障るというような、嫌悪の表情で後ずさった。
「お前たちの、主人は誰だ?」
ひどく汚れた空気の中にいるように、息苦しそうに、痙攣するように小刻みに首を振りながら、男は襟のボタンを外した。
召使たちは4人とも、微笑んだ。
「この城の主人は、奥様ですわ」
「ごまかすな!」
「なら、次女のシンデレラかしら?城の塔におりましてよ?灰色の服を着て、黒い汚れをつけて。掃除をしておりますわ」
「何を訳の分からないことを」
「あら。本当のことですのに」
「もういい!」
男は憎々しげに4人を睨みつけ、ついで、意地の悪い微笑みを浮かべた。
「聞くまでもない。長女だな?そういえば、幼いころから、うそ寒い色気のある娘だったな。わかった。待つのはやめだ。城中を捜してやる」
男は、足音高く部屋を出て行った。
残った召使いたちの哄笑が響く。
「おほほほほ!しびれを切らして部屋から出て行ったわ」
「骨のない男。ふふふふふ!」
「あの感づいたときの顔、おかしいったらないわ」
「ほほほほほ!」
そして、
笑い声は唐突に消えた。同時に、4人の姿も幻のように消えていた。
部屋はシンデレラを隠して無人になった。
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