シンデレラ2

すぎな之助(旧:歌帖楓月)

32 愛の正体

「お、お、お、お母様!お母様!ど、どうしてこんな所にいるのよっ!ここはロビン様のお部屋よっ!」
 ローズの叫び声が響き渡った。
「どうして服を着ていないの!どうしてロビン様のお部屋にいるのよおお!」
 両足を二人の召使いに引きずられて、ローズは仰向けのままで客室へ連れ込まれた。
 部屋には、先に来て、くすくす嗤っているプリムラと、寝台に転がる女がいた。
 ローズは、床の高さで、二人を見上げることになった。
「いやあああ!」
 肥満した、樽のような体をごろごろ捩らせて、ローズは泣き叫んだ。
 寝台の上に、呆然と横たわっていた母は、その叫び声に身を起こした。
「何を泣いているの?」
 母は、泣きじゃくって混乱しているローズをあやすことはしなかった。
 衣服も何もまとわずに、熱に浮かされているような顔で、ふらふらと歩み寄ってきた。そしてローズのそばに来ると、浮わついた表情を、ぐらりと落として、娘を見た。
 ローズは、憎しみのこもった目で睨み上げた。
「お母様の馬鹿っ!なによおっ!ロビン様は私のものなのよおお!お母様みたいな女になんか、渡さないわよっ!」
 母は、無残なかすれ声を返した。
「なんですって?」
 ローズには、母から漂う、使い捨てられた雑巾のような荒んで惨めな雰囲気がわからなかった。
「私の恋人を取ったわね!くやしいいい!泥棒!泥棒!…ギャアッ!」
 母は、
 ローズの腹を力の限り踏み付けた。
「あんたが!あんたが不細工で役立たずなばっかりに!お前なんか!お前なんか邪魔なだけよっ!畜生っ畜生っ!」
 体の中に凝ごった、腐った血を吐き出すように、母は枯れた声で叫んだ。踏みつぶさんばかりに、ローズの腹を踏み蹴る。
「ギャッギャアアッ!」
 ローズは、濁った悲鳴を上げる。彼女の足を抱えた召使いたちは、彼女を自由にしようとはしなかった。しっかりと片足ずつ抱えたままで、ただの床を見るように無気質な目で、それらを見つめ続ける。
 プリムラは、声を上げて嗤った。
「ホホホホホホ!わかった?ローズ?それがお母様。あなたを何不自由なく育てたお母様よ!」
 プリムラは、冷たい目を細めて、次に母を見た。鬼のような赤黒い引きつった形相で、娘を踏み込み続ける母を。
 横合いから冷水をぶちまけるように、プリムラは言った。
「よかったわね?お母様。ローズは自慢の娘ね。ここまで育てた甲斐があって、立派な子になったでしょう?」
「プ、プリムラ、」
 母は、これ以上ないほど目を見開いて、プリムラを見た。ローズを蹴りつける足が止まった。
「あああ!プリムラああああ!」
 母の両目からは、ばたばたと大粒の涙が流出した。
 右隣に立っていたプリムラの足元に崩れ込んで、壊れたように大量の涙を流し続ける顔を上げて、母は、懇願した。
「お願いよお!あの男をここに引き留めてちょうだい!あたしを召使いだとしか見ていないのよお!あれが若いころは、さんざん世話してやったのにいい!このままじゃ、あの男に死ぬまでこき使われて破滅だわあ!ああああ!」
 プリムラの黒いドレスに縋ろうとした母は、プリムラに額を蹴られた。
「きゃあっ!」
 母は悲鳴を上げて、床に崩れ込んだ。
 プリムラは蔑みの目と冷笑で、母を見下ろして命じた。
「汚い手で触らないで」
 全裸で転がった母の隣には、ローズが目をむいて痙攣している。
 プリムラは黒いドレスの裾を振った。
「あなたのローズは、あなたの期待に応えて立派に成長したじゃないの?これ以上何を望むことがあるというの?」
 プリムラは、部屋の扉に向かって歩きだす。ローズの足を抱えていた召使い2人も、彼女の後ろについていく。
「お願いよおプリムラ!あなただけが頼りなのよおっ!」
 召使いの一人が扉を開けて、プリムラを部屋の外へ導く。もう一人はプリムラの背後に従う。
「プリムラあああ!」
 プリムラは扉を通った。
 かすかに振り向いて、わずかに嗤い、つぶやいた。
「笑わせないで」
 後ろから従う召使いが扉を閉め、プリムラはいなくなった。
 客のための部屋に、捨てられた母娘が残った。



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