「どこに行くつもりなの?」
「!」
2階から1階へと、灰色の石の階段を降りかけていたシンデレラの頭上から、声がかかった。
低い女の声だった。
振り仰ぐと、さらに一つ階上でプリムラが嗤っていた。彼女も、階段にいたのだ。
シンデレラは彼女だとわかるやいなや、駆け出した。
シンデレラの後を、床に描かれた赤い足がびったりと追い掛けていく。
シンデレラは走った。階段をまるで飛び降りるような勢いで。
そして1階に降り立つ最後の段に足が乗った。
「チュウ!」
突然、階段が終わって一階の最初の床を、ネズミが横切っていった。
「!」
シンデレラはネズミを踏みそうになり、思わず身をひねった。体勢を崩して床に転ぶ。石床に、右の二の腕から体が落ちた。床に落ちた衝撃が、体全体に鐘の音のように広がった。
「うっ!」
息が止まるほどの衝撃だったが、すぐにシンデレラは起き上がろうと足を立て、更なる痛みに身を捩った。傷ついた足にもろに力をこめたのだ。
「また逃げる気だったのね?」
優雅に降りてきたプリムラが、痛みに顔をしかめているシンデレラを、無理に抱き上げた。
「いけない子ね。叱ってやるから」
プリムラはシンデレラの白金の髪に頬擦りして嗤う。床すれすれまでの長さのドレスの裾を踏みもせずに、滑らかに階段を上っていく。
「ガラスの靴だけでは物足りないようね?鎖も付けてやろうかしら?あなたがいてもいい場所は、私の部屋の中だけよ」
「離して、」
シンデレラはプリムラの肩を力の限り押しのける。
「いやよ」
プリムラは笑みを浮かべながらシンデレラの足を階段のてすりにぶつけた。
「っう、」
シンデレラは痛みに身を捩る。
プリムラは美酒の香りをきいたように、目を細めた。
「きれいな声。これからその声は、私のためだけに出すのよ」
目を固く閉じ、唇を噛んで痛みに耐えるシンデレラの耳にささやきかける。
シンデレラは、しばし逡巡して、瞳を上げ、じっとプリムラを見た。
「プリムラ、私の話を聞いて」
プリムラはわずかに首を傾げて微笑み、再び、今度はかすかに手摺りにシンデレラの足を当てた。
「っ、」
プリムラはシンデレラに暗い艶のある声でささやく。
「おとなしくするのなら、聞いてやってもいいわよ」
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