シンデレラ2

すぎな之助(旧:歌帖楓月)

40 粛清

「シンデレラ!何をしているんだい!」
 恨み全ての対象を見つけたように、継母が叫んだ。
 右手に斧をぶら下げて、一匹だけ残った家畜を見る目で、継母がやってくる。
「お前がいたんじゃないか!なんだい!そのドレスは!お前にやる服なんかないんだよ!さっさと脱ぎな!」
 鬼気迫る形相で、継母は寝台の際にやってきた。プリムラのものかと思われた血痕は、足元を血に染めたシンデレラのものだった。継母は、斧を掲げ、先をシンデレラの方へ向けた。彼女はプリムラの腕の中に捕らわれている。
 シンデレラは、継母の凄絶な有り様に目を見張っていた。
 プリムラは、母を一瞥し、くすくす嗤って口を開いた。
「シンデレラに命令しないで。もうあなたの継子じゃないでしょう?」
 継母は、プリムラの声に脅えた。
「でも、でも、プリムラ、」
 よろりとロビンを見る。
「ロビン、この娘をやるわ。だから私を召使いにするのは止して。私はこの娘の継母よ。シンデレラをやるから、私にそれ相応の扱いをしてちょうだい」
 ロビンはうさん臭そうな目で、マリーを見る。
「遣り手ババアめ。ネズミを抱くのは御免だ」
 マリーは、歪んだほほ笑みを浮かべて首を振った。
「ネズミですって?違うわ。れっきとした人間よ。亡くなった夫の連れ子なのよ」
 だが、ロビンは鼻で笑った。
「何が連れ子だ。こんな器量良し、舞踏会では一度も見なかったが?この城から舞踏会に出てくるのは魔女と物知らずの肥満女だけだったじゃないか。お前がこんな上玉を、奥ゆかしく隠すはずがない」
 言い突かれてマリーは口をつぐんだ。
「それは、」
「この子を外に出したら大変だからよ」
 プリムラが答えた。
「プリムラ!」
 顔色を変えたのは、母だった。両手で持ち上げていた斧を降ろして右手に持ち直し、左手で、寝台の枕元に座るプリムラの左腕をつかんだ。
「何をいうつもりなの!やめて!」
「触らないで」
 プリムラは嗤った。青くなる母を愉悦の表情で見ながら、腕の中に閉じ込めたシンデレラにささやく。
「秘密を教えてあげる」
「え?」
 シンデレラは顔を上げて、怪訝そうにプリムラを見た。
 プリムラはシンデレラを見ていなかった。母を見上げていた。そしてロビンを見た。
「この女、この子の父親を殺したのよ」
「やめてっ!」
 叫んだのは、母だった。
 斧が振り上げられ、振り下ろされた。
 プリムラは、シンデレラを庇って抱き込んだ。
 しかし、母の狙いは、自分の娘の方だった。斧は、娘の背中に突き立った。
「やめて!話さないで!嘘よ!嘘よ!」
 半狂乱で叫びながら、母はプリムラから斧を抜き上げ、再び降ろす。気が触れるほど鮮やかな赤い血が吹き上げた。
 シンデレラは何が起こったのか一瞬わからなかった。息が詰まるほど抱き締めるプリムラが、口から血を吐いた。シンデレラの顔に鮮血がかかる。
「やめて!」
 シンデレラが叫んだ。
 プリムラから顔を離す。継母が3度めの斧を振り下ろす所だった。シンデレラはプリムラの背に手を回して、力任せに窓際に引きずった。斧は寝台の上に突き刺さった。シンデレラの両手には、温い湧水を触れた感覚があった。両手とも血の噴水に当たっていた。
「ねえ」
 プリムラが、シンデレラの耳元でつぶやいた。口からばたばたと血があふれ出て、シンデレラの左肩は、不釣り合いな優しい温かさの血の流れを受けた。
 プリムラは、シンデレラを抱き締めていた手を解いた。二人はプリムラに回したシンデレラの腕だけでつながる。
 継母は、寝台から抜いた斧を持ち、鬼の形相で寝台に上った。
「余計なことを言わないでちょうだい!」
 血走った目をむき、再び斧が振り上げられる。
「やめて!」
 シンデレラは叫んだ。
 プリムラは、シンデレラごしに、窓に両手を当てた。
 シンデレラの左耳に、自分の血液と言葉を入れた。
「ねえ、私と一緒に、死んでくれない?」
「プリムラ!お願いよ!余計なことを言わないで!」
 娘のささやきと継母の叫びとが重なった。二つは交ざることなくシンデレラの耳に届いた。
「やめて!」
 シンデレラは絶叫した。
 プリムラの背に振り下ろされた斧が刺さり、シンデレラの背後の窓が、プリムラによって壊された。
 月光にガラスの破片が飛び降りながらきらめく。大量の血液が踊るように落ちる。プリムラはシンデレラを抱いて、底の見えない絶壁に身を踊らせた。



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