シンデレラ2

すぎな之助(旧:歌帖楓月)

47 組み合わさる過去1

「ただいま」
 扉が開かれ、医師と助手と、ベットに寝かされたプリムラが戻って来た。
 クリスティーナは、途端に不機嫌な顔になって医師を見た。
「もっと遅くてもよかったのに」
「おや?ここは病院の診察室だが。嫌なら君が出て行けばいいじゃないか」
 医師は鷹揚だが意地悪く微笑んで、クリスティーナをあしらった。そして、クリスティーナのそばに立つ王子を見た。
「おはよう、ファウナ」
「おはよう、兄さん」
 それを聞いたフローレンスは、怪訝に思って首を傾げた。
 クリスティーナはフローレンスを見て面白そうに笑った。
「兄弟なのよ。お兄ちゃんの方が不良王子で、王族やめて医者になったというわけ」
 医師は、優雅に首を振りながら言葉を返した。
「フッ……。不良は余計だよ?立派だと言って欲しいな。クリスティーナ。私は、命を預かるという、天から与えられた崇高な使命そして才能を選んだのだ」
「ホホホホ!」
 魔法使いはけたけた笑った。
「兄弟がたくさんいらっしゃるから、一人二人抜けたって構わないのでしょう?」
 元王族の青年は、引きつった。
「……。余計なことを言わないでくれ。で、ファウナは何しに来たのだ?」
 苦し紛れに話を向けられた王子は、しばしの瞬きの後に返事をした。
「フローレンスに会いに」
 医師は、王子と、処置台の上に座る乙女を交互に見た。
「お友達か?それとも、恋……」
 全て言い終わらないうちに、王子がすっぱりと言葉をさえぎった。
「それ以上言わないでくれ兄さん。全く、兄さんだけは他の家族とは違うと思ってたのに。兄さんは覚えてないだろうか?十年くらい前、王宮が建築中だったときに、カールラシェル教授に連れて来られていたお嬢さんを」
「ああ! 思い出した!」
 医師は、声を上げた。
「お前のやんちゃに良く付き合ってくれてたなあ! お前がよく無茶やって木から転げ落ちたときに、病院までついて来てた!」
「そ、」
 王子は、反射的に同意しようとした口を、つぐんだ。そして渋い顔になる。
「それはたしかにそうだったが。嫌なことを覚えてるな。兄さんは」
「覚えているとも」
 うなずいた兄は、苦笑した。
  「私はあのころ学生で、指導くださった教授から笑われたのだ。『兄弟そろって王族らしくありませんなあ』とか言われて。良く覚えているよ」
 そこで、医師は、笑いを引っ込めた。
「……、カールラシェル教授? 待てよ。あれは確か、十年前」
 医師は、目線を床に這わせて、記憶をたどっているようだった。
 そして、包帯を巻かれたフローレンスの足を見て、眉をひそめて尋ねた。
「あなた、その足はどうしてそんな傷を負ったの? 今までどこにいたの? 私たち、いや、私の師である医学部の教授や同僚の教官たちはね、あなたを捜したんだよ? あなたのお父様は、……、亡くなったでしょう? それからあなたは、どこにいた?」
「……」
 フローレンスは、答える言葉があり過ぎて、答えられなかった。
 すると、別の声が答えた。
「私の母が、フローレンスを閉じ込めたのよ。フローレンスの父の葬儀から締め出して。私、覚えているわ。フローレンスの行方を問う人達を、母は泣きながら『心身が弱っているから、自然の多い静かな環境のある遠い親戚の家に、静養のため預けた』という言葉でやりすごしていた。その後はずっと城に閉じ込められて、こき使われていたのよ」
 全員が、プリムラを見た。
「フローレンス、いらっしゃい。秘密の続きを、教えてあげる」
 プリムラは横たわったまま、フローレンスに手招きした。顔には一片の嗤いも浮かばず、曇り空のように気だるげだった。
「まだわからないの? フローレンスはあなたとはもう関係がないの」
 クリスティーナが、厳しい表情で、プリムラのベットのそばに歩み寄り、睨みつけた。
「フローレンスがあなたたち母子のそばにいたのはね、兄さんとの約束があったからなのよ。でなければ、私がフローレンスをあの城から出していた。フローレンスが城に残ったのは、あなたの母の企みでも、運命でもなんでもないわ。フローレンスはあなたたちに縛り付けられていたのではないの。勘違いしないでちょうだい」
「クリスティーナ、」
 声を上げたのは、王子だった。
「お前、何か、おかしくないか? 今の話ぶりは、まるで」
 得体の知れないものを見るかのような視線に、クリスティーナは微笑みを返した。
「おかしいでしょう? 王子。あなたが知っている以上のことを、知っているみたいでしょう? あなたに遺したように、私にも教授は言葉を遺したの」
「父様の遺言?」
 呆然とした言葉を漏らしたのはフローレンスだった。
「どういうこと?」
 クリスティーナは、驚いて目を見開いているフローレンスと、怪訝な表情で二人を見ている王子とを、操り人形の糸を引く人形師のように、慎重で冷静で、どこか面白がっている顔で見た。
 そして、まず、フローレンスに対して微笑んだ。
「フローレンスに、お父様が遺した言葉があるでしょう? それは、一体なんだった?」
「え?」
 フローレンスは、微笑むクリスティーナを見た。彼女の問いかけの意図はわからなかった。言われるがまま、フローレンスは、父の遺言を口にした。
「『城を守りなさい。一日に一度、城のからくりを調整しなさい。長くても十年待てば、迎えが来る』と」
「知っているのか?」
 フローレンスが言い終わるや否や、王子が切羽詰まった表情で、フローレンスのそばに来て、勢いよく手を取った。
「フローレンス! あなたは、からくりの調整の仕方を知っているのか?」
 フローレンスは、ただそれだけのことに、何故、王子が息せききっているのか、わからない。
「? ええ、知ってます」
「鍵は、鍵は持っているのか?」
 矢継ぎ早の問いかけに、フローレンスは、首からかけた鎖を、懐から取り出して王子に見せた。王宮の紋章を形どったペンダントヘッドと、鍵がついていた。
「鍵、とは、これですか?」
「あった!!」
 王子は、大声でそう叫び、次いで、鍵を持っているフローレンスの手をぶんぶん振った。
「やった! やったぞ! ようやく見つけた! これで、これで王宮が守られたんだ!」
 弾けるような喜びのしぐさに、クリスティーナを除いた人間は、ただ、見つめるしかなかった。
「おい、ファウナ。どうしたのだ? 何をそんなに喜んでいるのだ?」
 王子は、フローレンスを抱えて踊りださんほどに喜び勇んでいる。医師は、弟のはしゃぎように、驚きを通り越して気味の悪いものすら感じていた。
 王子は、兄の問いすら耳に入らないようで、フローレンスの手を振って喜んでいる。
「おい……、」
「喜ばせてさしあげなさいな。王子は十年間も一人で悩んでいたのですから」
 クリスティーナが言った。彼女の表情には、これまた医師には理解のできない、まるで苦労した自分の子供を見るような暖かい笑みが、王子に向けられていた。
「何を言っているのだ? クリスティーナもファウナも。私には訳がわからない」
 医師は、困惑した顔で首をひねった。
「あの、王子、」
 困惑しているのは、フローレンスも同じだった。
「どうされたのです? 一体、この鍵が?」
「鍵とあなたが見つかったことが嬉しいのだ!さっそくあなたを連れて行きたいが」
「あの?」
 とにかく喜んでいる王子に、フローレンスは手を取られて、されるがままに振られている。
 フローレンスは助けを求めるように、クリスティーナを見た。
 クリスティーナは苦笑した。
「王子、フローレンスが驚いていますわ。事情をお話くださいな。教授があなたへ遺した言葉を」
 王子は、フローレンスの手を取って振りながら、朗らかな顔でクリスティーナの言葉を聞き、「ああ」と言ってわらった。
「教授は、十年前、私の部屋を訪れてこう言い残した。『十年後にカラクリの調整を行わなければ、この王宮は崩れる。そうならないためには、この国のどこかに王宮と同じカラクリがあるから、それを捜せ。教授の妻にも、誰にも知られてはいけない、私一人で捜さねばならない。たとえ、早く見つかったとしても、調整を行うのは、十年後でなければならない』とな」
 王子の言葉に、医師は驚いて口を開けた。
「ファウナお前、そんなことを今まで一人でやっていたのか? そうだったのか。だから、あんなにもカラクリに固執していたのだな。私はまた、趣味の行き過ぎだとばかり」
 王子は渋い顔になる。
「兄さんの見込みどおりで残念だが、趣味は趣味だ。私が10年間打ち込めたのは、好きだからこそ」
 医師は、複雑な顔でうなずいた。
「そうか……。お前と私、妙な方面に興味をもって父や母を困らせている所が、良く似ているな」
 王子ではなく、クリスティーナが同調してうなずいた。
「そうそう。あなたがた、本当にとっても良く似てらっしゃいますわ」
 王子はクリスティーナから顔を背けてつぶやく。
「根性悪魔法使いに嫌がらせを受けるあたりとかが特にな」
 クリスティーナが、キラリと目を輝かせて、王子に鋭く笑いかけた。
「何かおっしゃいまして?」
「いや別に」
 王子は、うんざりとそう言って、フローレンスを見下ろし、微笑んだ。
「あなたは教授の言葉どおり、からくりの調整をし続けていたのだな」
 フローレンスは王子を見つめた。
「王子は、捜し続けていたのですね」
 王子はうなずいた。
「あなたのことだったのだ。教授が言いたかったのは。あなたを見つけて欲しいと、言いたかったのだな。なにやら、ぎりぎりまで見つけ出せなかった」
 苦笑する王子に、クリスティーナが笑って言った。
「あなたのせいだけではありませんの。ぎりぎりまで解らないようにするのが、私の役目でしたもの」
「なに?」
 王子の表情が、固まった。
 クリスティーナは、長い息をついて、笑った。
「私にも、兄さんは言葉を遺して行ったのです」
 王子は、苦い口を開いた。
「クリスティーナ、さっきから気になっていたんだが、兄さんって、……誰だ?」
 魔法使いは、わらった。
「カールラシェル教授です。私たち、兄妹なのです」
「そんな話聞いてないぞ!」
 王子と医師から、同時に声が上がった。
「お前、天涯孤独の捨て子じゃなかったのか!」
 王子の言葉に、クリスティーナは眉をひそめた。
「捨て子ってなんですか? わたくし、そんなことは一言も言っておりません。いいですか、王子。魔女に縁のある者はことごとく迷惑しますの。だから、実際がどうであれ、魔法使いは天涯孤独、親類縁者無し、と決まっているのです。それにしても……。『どこかの王室から密かに預けられた悲劇の美姫』という触れ込みをさんざん流したはずなんですけど? 嫌だわ。私の作戦と違う噂を信じないでくださいな」
「……。していい噂と悪い噂があるだろう。ずうずうしくないか? お前」
「どうせ流すなら、私の外見どおりの美しい噂の方がいいでしょう?」
「お前なあ……」
 王子は頭を抱え込んだ。
 医師は斜め下を見つめて、「さすがクリスティーナだ」と渋い顔でつぶやいている。
「もういい。で、あなたへの教授の遺言はなんだったのだ?」
 苦い顔の王子は、けろりとしている魔法使いに尋ねた。
 魔法使いは「あら、もう立ち直られたの? 面白くないわね」と言った後に答えた。
「私への遺言は、こうでした。『妻にお前の存在を知られないようにして、フローレンスを守って欲しい。フローレンスには、王宮のカラクリの調整の仕方を教えた。王子には、十年後に調整を行わなければ、王宮が倒壊すると伝えてある。これは事実だ。本来ならば、部下に調整の仕方を引き継ぐつもりだったが、妻の危険性を知った今、一人残されるフローレンスの身が危ない。フローレンスの身を守るためにも、調整の仕方を教えて王宮へ上がらせ、あの恐ろしい妻から引き離す。これしか、今の私にできる娘の救済策はない。娘の命を守って欲しい。そして十年経ったら、王宮に呼んでくれ』と」
 澱みなく言ってのけて、クリスティーナは少しだけ済まなそうに首を傾げた。
「ごめんなさい。王子。知ってましたの私。カラクリのことも何もかも」
「な、」
 王子は、一言そう漏らしたきり、言葉が出なかった。
 これで、教授の残した言葉が、一つになった。
 言葉もない王子とフローレンスを見つめ、クリスティーナは続ける。
「兄さん、カールラシェル教授には時間がなかったの。あのとき、毒を漏られていたの。あと、一週間か二週間の命だったの。毒を漏ったのが誰か、兄さんは、気づいていたようだけど」
 そこで言葉を切って、クリスティーナは、プリムラを睨みつけた。
「けれど、証拠がなかった」
 言葉を引き取ったのは、何と医師だった。
「え?」
 王子とフローレンスだけでなく、クリスティーナまでが驚いた。
「何故あなたが、知っているの?」
 医師は、苦く笑った。
「まさか、こんなところで、カールラシェル教授の死因についての疑惑が聞けるとは思わなかったよ、クリスティーナ。カールラシェル教授に毒が漏られた疑いがあると、最初に言ったのはね、私の師である医学部の教授なんだよ。教授の血液を調べたのは、当時、学生だった私。もう、十年になるんだね」
 医師は、目を見開いているクリスティーナと、王子そしてフローレンスを見た。
「その時の話を続けていいかな? 発端は、定期検診の血液検査だった。教授は、私たち学生にね、検査でちょっとしたひっかかりのあった職員たちの精査を命じた。私たち学生が対象を見る目を養うためと、教授のちょっとした遊び心からだったのだが。だが、私が精査した者の中にカールラシェル教授の血液が入っていて、そこから、死に至る濃度の毒を検出された。有機毒だということはわかったが、正体がわからなかった。最早手の施しようがないほど、毒は蓄積されていて、教授は、カールラシェル教授を呼んで、そのことを話した。伝えられたのは、毒に冒されていることと、持ってあと2週間の命だということ。私は、その時、隣の部屋で、必死になって聞き耳をたてていた。フローレンス、」
 医師は、呼びかけた。
 フローレンスは、当時を思い出して、顔色が青くなっていた。
「はい」
「カールラシェル教授は、あなたのことを心配していた。カールラシェル教授は事実を知ってすぐに、教授から命の刻限を聞き出して、あなたに何を残すべきか即座に考え始めていた」
「……」
 フローレンスの目から、涙が落ちた。
 医師は目を伏せて微笑んだ。
「教授が驚いていたよ。なんと強靭な心を持った人かと」
 そして、クリスティーナを見た。
 クリスティーナは、呆然としていた。
「兄さん」
 医師は、再び目を伏せた。
「今でもね、医学部に、カールラシェル教授の血液は残っているんだよ。私の師は、今でも気にかけている。不審な突然の死を迎えたカールラシェル教授の死因を」
「城に行ってごらんなさい。今なら証拠がある」
 話を引き取ったのは、プリムラだった。
 全員が、横たわる美女を見た。
「何ですって?」
 クリスティーナが言葉を落とした。
「何?」
 医師が、信じられないようにプリムラを見下ろした。
 王子は、ここにいた全員が、カールラシェル教授にまつわる話にかかわっていることに驚き、プリムラを見た。
 プリムラはフローレンスを見つめた。フローレンスは、息を詰めてプリムラを見た。
「こっちにいらっしゃいフローレンス。秘密を教えてあげる」



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