シンデレラ2

すぎな之助(旧:歌帖楓月)

55 朝の病院

「さあて」
 クリスティーナと王子とフロラは、病院に向かって歩きだした。
「フロラは足の治療を受けてちょうだい。私は、あのガキとすることがあるから。あと、お坊っちゃんも一緒か。あーあ、嫌な取り合わせねえ。全く」
 ぶつぶつ言いながらクリスティーナは、ことさらにずんずん歩く。
「何をするのだ?」
 フロラを抱えた王子が横目で尋ねた。
 クリスティーナは、自分の前方に、憤慨の混じった強い視線を投げていた。
「取りに行くんです。証拠を。兄の命を奪い取った証拠を」
 化粧室にある、教授を殺した毒を。
「私も、連れて行ってください」
 フローレンスが、静かだが確固とした意志を込めてクリスティーナに言った。
「あの人に、父の二度目の妻になったあの人に、言いたいことがあるのです」
 クリスティーナはうなずいた。
「いいわ」

「あのガキはどこにいるの?」
「魔法使いクリスティーナ。今は外来患者の診療の時間だ。あなたの来訪は歓迎しない。小さな質問ならば、ここには来ずに助手を病院の外に呼び出して、してくれないか」
 病院に戻り、ノックもなしに診療室に入ると、すでに外来患者で埋め尽くされていた。
 扉を開けるなり、クリスティーナはプリムラの行方を聞いた。不機嫌な顔で。
 医師は外来患者を診察していたが、いきなり魔法使いがやってきたことに、眉をひそめた。
「魔法使いがいると患者さんが動揺する。出て行ってくれ」
 見ると、患者たち全員が、顔色を失って震えていた。
 それは病のためだけではない。大儀そうに椅子にもたれ掛かって天井を見つめていた老女は、死神を見たようにがたがた震えながらそばにいた助手にしがみついて隠れていた。診療台に横たわっていた青年は、クリスティーナの来訪に、驚いて飛び起きるという無理をして、「うう、」とうなりながら腹をさすって力弱く体を折り曲げている。両手で顔を覆ってクリスティーナの姿を視界から追いやり、祈りの言葉を唱え始めた者が3人ほど。一人は「うわあっ!」と叫びながら、隣の診察室めがけて逃げ出して行った。
「出て行ってくれ」
 医師は、再度そう言った。
 クリスティーナは息をついた。
「ごめんなさいね。お騒がせしたわ。ねえ、フローレンスがまた血を流したの。治療をして欲しいのだけど」
 医師は、すぐに首を振った。
「もう、一般の診療時間が始まった。平等にいかねばならない。フローレンスだけ先にするほどのケガでもない。ファウナがいるから、典医にまかせるという方法もある。ここに座っていればそのうち順番が来て治療もできるが、時間がかかるだろう?」
「わかったわ」
 クリスティーナは出て行った。
 魔法使いがいなくなると、医師は肩をすくめて、可哀想なほどおびえている患者たちに微笑みかけた。
「いいですか、魔女と魔法使いは同じではありません。彼女は魔法使い。それに彼女は、あなたたちに用があって来た訳ではありません。何の害もありませんから、まあ珍しい者に会ったと思って下さい。医師である私が保証するのです。大丈夫です。あなたがたの病には、彼女は全く何も係われません。無闇に恐れる必要は、ないのですよ」

「忘れてたけど、私は、病院や医師とは相いれない存在だったわ。それから、診療時間のことも忘れていたわね」
 3人は再び王宮へと帰り始めた。クリスティーナは、いいかげん抱き上げるのが疲れているだろう王子から、フローレンスを受け取って抱えている。
「魔法使いと係わる人間なんて、ほんのわずかだからな。魔法使いの実際の姿は想像で補っているところが多いし。病人は特に、気弱になって不安にかられやすいから」
 王子は複雑な顔をしてクリスティーナを見つめ、そしてさりげなく周りを見た。病院の廊下を通っているところだが、長椅子に座って待っている患者たちのほとんどが、あからさまに顔を背けたり、ひどくうつむいたりしている。
 フローレンスは気遣わしそうに、クリスティーナを見上げた。叔母は、強い畏怖の視線を浴びるだけ浴びている。畏敬ではなく、畏怖だった。そして、それは恐らく、偏見の目であった。
 しかしクリスティーナ自身は気にしていないようだった。気にするほどの繊細な神経がないのか、それとも、慣れたのか。
「私がここで高笑いなんかしようものなら、皆、恐怖のあまり気絶しますわね」
 クリスティーナは小さくつぶやいて、くす、と嗤った。
 王子はクリスティーナの方は見ずに、前だけを見ながら返事した。
「頼むから、頭でそう思っていても、実行しないでくれよ」
「わかってますわ。……あ、そうだわ」
 何か思いついたらしいクリスティーナに、王子は渋い顔になった。
「悪知恵は止してくれ。とりあえず病院から出るまでは」
「どうしようかしら」
 魔法使いは、前を見る王子に微笑みかけた。
 すると、廊下の両脇に並べられた待ち合い用の椅子に小さくなって座っている患者たちが、驚いて「ひっ!」という声を上げたり、立ち上がったり、耳をふさいだり目を閉じたりした。
 王子は、瞬間、鋭い目で周囲を睨んだ。
「それから、笑うな。……もったいない」
 魔法使いは気にせずに微笑む。
「まあ、うれしいお言葉ですわ。さて、王子のご期待に添えずに申し訳ありませんが、悪企みではありません。王子に偉そうに働いてもらおうかと思って」



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