シンデレラ2

すぎな之助(旧:歌帖楓月)

56 王宮の寿命

「急いで典医と、王立病院の院長を呼んでくれ。それから、医学部の教授に連絡をとってくれないか? 調べて欲しいものがあるから、夕刻までに伺いますと」
 王宮に帰り、クリスティーナの部屋に戻ると、王子は侍従長を呼び付けてそう命じた。
 白髪に長い髭をたくわえた、まるで仙人になりかけのような外見の侍従長は、ふむ、と髭をなでた。
「全部医者ですな」
「ああそうだ」
 侍従長は首をかしげて渋い顔をした。
「どなたか一人になさったらいかがですか? ぜいたくな」
「それぞれ別の用があるのだ」
「我がままは良くありませんぞ」
「私の用ではない」
「なんですか王族ともあろう者が。他人の意向においそれと従ってはなりません」
「人助けだ」
 ほほう、と、侍従長はうなった。
「最初からそう言えば良いのです。人助け、なんとも聞き良い言葉ですな。わかりました手配しましょう」
 はあ、と、一連の「ああいえばこういう」やりとりに辟易して、王子は息をつく。侍従長は「フォッフォッフォ、」と笑いながら、霧のように姿を消した。彼も、魔法使いだった。
「どうして私の周りには、魔法使いが多いのだ。まともに話がしたい」
 うんざりした顔でそう漏らした王子に、クリスティーナはケタケタ笑った。
「ホホホ! そういう運命の下にお生まれなのでしょう。あきらめて前向きになるのが賢明ですわ」
「うるさいな。まず第一の災厄はあなただ、クリスティーナ。まったく」
「はいはい。ところで、交替してくださいな」
 クリスティーナは抱えていたフローレンスを王子の膝の上にすとんと乗せた。自分は部屋続きの別室に向かって歩きだす。
「!」
 王子は顔を真っ赤にした。
 クリスティーナはちょっと振り返って言い加えた。
「動揺して落とさないでくださいね。フローレンスが休めるように、寝台を整えて来ますから」
 フローレンスは首を振って声を上げた。
「私は床の上で大丈夫です」
「だめだめ」
 クリスティーナはそう言い置いて、この部屋からいなくなった。
「……」
 フローレンスは、王子の肩に手を掛けて、その肩越しにクリスティーナの向かった部屋の入り口を見つめた。
 王子は、自分の両手をフローレンスに対してどうしたものかと考えに考えている。考えた末に、彼女の肩と膝とを、そっと支えた。
「ごめんなさい王子、降ります」
 王子に触れられて、はっとしたフローレンスは、急いで膝の上から降りようとする。
「だ、駄目だよ降りては」
 驚いた王子は、そっとではなく、しっかり支え直した。
「ご覧。足が血まみれなんだよ。歩いたりしては駄目だ」
「でも、」
「椅子に座りたいなら私が連れて行くから。ああしかし、」
 王子は部屋中をぐるりと見回した。
「この部屋の椅子には背もたれがない」
 ここは書斎ではなく、作業場なので、安楽にくつろげる椅子は置いてなかった。全て簡単な丸椅子だった。足を床に付けられないフロラには、向いてない。
 王子は済まなそうに言った。
「ここで勘弁してくれないだろうか? 落ち着かないかもしれないけど」
 フロラは恐縮した。
「私はいいのですけど。王子は重くありません?」
「あなたは軽いから大丈夫だよ。あなたの足が治ってから、時計の調整をしてもらえばよかったね。ごめんね」
「いいえ」
 フロラはきっぱりと首を振った。
「あと一週間もしないうちに、駄目になっているところでした」
 王子は目を見開いた。
「一週間?」
 フロラはうなずく。
「ええ」
「しかし、新年までには、あと4カ月はあるのに」
 驚く王子に、フロラは、戸惑ったように応じた。
「暦の10年ではないのです、きっと。……十年前の今頃、何か、ありました?」
「今頃?」
 王子は記憶をたどる。すぐに思い至った。
「そうか。この王宮ができた日だ。その時から歯車が回り始めたのだから、なるほど、十年か」
 そこに、クリスティーナが戻って来た。
「はい、ありがとうございました」
 フローレンスを持ち去って行く。
「ああ! 待て、クリスティーナ! まだ話は終わっていないのだ!」
 王子は追いかけた。
 クリスティーナが振り返って笑う。
「あら。こちらで続きをどうぞ? おかしいわねえ。話が一段落したのを見計らって帰ってまいりましたのに。まだお話ししたいことがございますの?」
 にやにや嗤い始めたクリスティーナの言葉の意味するところを王子は感じ取った。むっとする。
「そういうことではない。私は、時計室のことをまだ、」
 そこに、典医がやってきた。扉を叩いて、禿げ頭がひょっこりのぞいた。
「王子、こちらですかな?」
 話は、中断することになった。
「ああ。すまない」



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