シンデレラ2

すぎな之助(旧:歌帖楓月)

60 終の棲家1

 カールラシェル教授の城は、王宮のある都の中央から、東に離れたところだった。馬車で30分かかる。
「優雅に旅をするような場所じゃないわ。今すぐに行くわよ」
 クリスティーナは、部屋に集まった4人に、まとめて転移の魔法を掛けた。
 両手を上に上げて振り下ろすと、空気中から、きらきら輝く金粉のような光が生まれて、全員を取り巻いた。
 魔法使いの部屋から、5人が消えた。

 フローレンスが城を外から見たのは、十年ぶりだった。
 灰色の城は十年分の雨風にさらされ、土埃やら苔やらを染み付かせて、十年前よりもずっと暗い灰色になっていた。
 城への入り口は南側にあった。フローレンスたちは、ここに姿を現した。周りは岩に囲まれている。岩場の隙間隙間には、柴の木が自生しており、白味がかった樹皮の、細い湾曲した枝を伸ばしていた。城の北側は絶壁だった。夜明け前、ここにフローレンスとプリムラは落ちた。城の東の部分には高い塔があって、蒼天を突き刺していた。
「殺伐とした雰囲気だ」
 王子が城を見上げながら言った。
 隣に立つ医師がうなずく。
「それは、城の外壁に手入れがされてないからだ。石材が風雨にさらされ風化してくすんでいる。それに、花もないな」
 医師の左隣りに立っていたプリムラがつぶやいた。
「母にとっては価値がないことだもの。城の内部が贅沢に輝いていればいいの」
 プリムラは、一歩踏み出した。前に、大きな鉄の扉がある。
「ここには、鍵が掛かっている。母がそれを持ってる。……私が開けるわ」
「おやめ」
 クリスティーナが言った。彼女は、フローレンスを抱えて、王子の右隣に立っていた。
「魔法は使わせないわよ? 何も知らないで使えるほど、魔法は無害な力ではない。フローレンスを頼みます、王子」
 クリスティーナは、フローレンスを王子に託した。そして、プリムラに向かって手を振った。
「お下がり。来るたびに暗鬱な城だと思ってたら、あなたがいたからだったのね、プリムラ」
 プリムラは、無表情でクリスティーナを見つめた。
「やめろ。クリスティーナ」
 反論したのは医師だった。プリムラをかばうようにして、二人の間に立った。
「よくもまあ、そう澱みなくいびられるものだな?」
 クリスティーナは片頬だけを吊り上げて嗤った。
「いびるですって? 私が言っているのはね、事実よ。ここは、歪んだ魔女が巣くってた城よ。息が詰まるほど、この辺りには暗い空気が流れている。何もわからないのに、説教はよしてちょうだい?」
 医師は、気色ばんで言った。
「たとえ事実だとしても、もっと言い方があるだろう?」
「ホホホ!」
 魔法使いは嗤い出した。
「あなたも魔女に取り憑かれかけてるようね? いいこと? そのガキの肩を持っても、何も良いことは起こらないわよ?」
 医師の肩に手を掛けてどかし、クリスティーナはプリムラを睨みつけながら歩み寄った。
「全く仕方のないガキね。おいで!」
 プリムラの襟首をつかんで、自分の方に手荒に引っ張った。プリムラはよろけて膝を崩す。クリスティーナは全く構わずにプリムラを引きずって扉の方へ歩きだす。
「いいこと? 色目を使っては駄目。今度、他人を操るようなことをしたら、くびり殺してやるから」
「やめて、」
 後ろから追って来た医師が言い募る。
「よせ! クリスティーナ、おかしいぞお前。プリムラは私に色目なんか使ったことはない! 私はただ、医師として、」
 クリスティーナは振り返って言った。
「患者を守る医師として利用されたの。フローレンスはプリムラの不幸な一面を知った者として利用されたの。普通の女がするような単なる媚態を、色目と言っているのではないのよ、坊ちゃん。魔女は息をするのと同じように、同情を引ける、恋情を生み出させる、慕情でつなぎとめる。そうやってみんな、操られていくの。顔を上げるんじゃない!」
 クリスティーナはまるで水中に押し込めるようにしてプリムラの頭を押さえた。プリムラは、クリスティーナが立ち止まったことで、よろよろと体勢を立てなおそうとしていたのだが、今度は地面に崩折れた。
 クリスティーナはプリムラを見下ろし、冷然と言い放った。
「どうやら、お前は世間にさらせないわね。厄介なガキ。どうして今まで生き残ったのかしら」
「なんてことを言うんだ!」
 医師は叫んだ。
「人として言って良いことではない!」
「残念ね。人じゃない。魔女なのよ。このガキは」
 ぎりぎりとプリムラの頭を押さえ付けながら、クリスティーナは冷えた微笑みを浮かべた。
 それを見ているフローレンスは、唇を強く噛んだ。抱き上げてくれている王子の肩に添えた手が震えた。酷い、と思っていた。
「フロラ、クリスティーナを信じてくれ」
 王子はフローレンスの耳元にささやいた。
 納得できない顔でフローレンスが王子を見ると、王子は首を振った。
「彼女も魔女なんだよ。フローレンス。それを乗り越えて魔法使いになっているんだ。ただの冷遇ではない。きっと」
「人だろうが魔女だろうが、酷い目にあって喜ぶ者などいないだろう! 放せ、クリスティーナ!」
 王子のささやきと交差するように、医師が叫んだ。
 それは、フローレンスの思いを代弁していた。
「お前は何か履き違えている!」
 医師は、クリスティーナの手をつかみ、プリムラから取り除こうとした。
「わからないの? それがこの子の為にならないと言ってるのよ!」
 クリスティーナは、厳しい表情で医師の手をぴしゃりと振り払った。
 思わず、医師が一歩引き下がるような険しい表情で、クリスティーナは医師を睨みつけていた。
「このガキをこのままにしておいたらどうなると思ってるの! 殺されるわよ必ず! 優しくしておけば、放っておけば魔女の本性が消え失せるとでも思っているの? 消える訳がないから、歪んでるんじゃないの! だから魔女が殺されてきたんじゃないの! 今、このガキに必要なのはね! 自分の本性を知ることと、それを操れる自我を確立することなのよ!」
 プリムラを医師から守るように、クリスティーナは医師とプリムラの間に立った。
「やさしさで、これ以上この子を歪ませないでちょうだい!」
「!」
 頭に積もった埃を吹き飛ばすような勢いの叱咤を受けて、医師は理解した。クリスティーナの意図と、自分の浅薄な情を。プリムラの抱えている歪みを本心から知っていたのは、当たり前だが、魔女であるクリスティーナだった。
 医師は、数歩下がった。
「すまなかった。クリスティーナ」
「あら、殊勝じゃないの。坊ちゃん。あっさり認めたわね」
 クリスティーナは、肩をすくめて笑った。
「ね?」
 王子は、目を見開いて魔法使いを見ていたフローレンスにささやいた。
 フローレンスは呆然としたまま、王子の方を向いてうなずいた。
「ええ」
 感情にまかせた行動かと思っていたが。同族への思いやりが根底にあった。



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