医師は、魔女の血に染められた絨毯を、持って来ていたメスで切り取り、ガラス瓶に入れた。
「これで、カールラシェル教授の死因が特定できるはずだ」
医師は、フローレンスとクリスティーナを見た。
クリスティーナは微笑んだ。
「長かったわ。兄さん。ようやく、あなたの無念が晴れる」
フローレンスは、絨毯を見下ろした。
「父様……、」
涙が落ちた。
父は、あの女の私利私欲のために殺された。
あんな死に方をした女に殺されたのだ。
悔しさが込み上げてくる。
涙を落として唇を噛むフローレンスを、王子は、何も言えずに抱き上げているしかなかった。
「フロラ」
クリスティーナが声を掛けた。
フローレンスは、晴れない表情で叔母を見た。
叔母は、少し、やるせなく笑った。
「あなたの父様は、あの女が毒をもったことを知っていた……わね」
フローレンスは、うなずいて涙を落とした。
「……はい」
「けれどね、フロラ」
クリスティーナは、言葉を続けた。
「最後の最後の時間まで、あなたの父様は、自分の全てを一つ残らずあなたに捧げた。あの女には、憎しみも悔しささえも、一片の感情も残しはしなかった。そうでしょう? フロラ」
フロラは、クリスティーナを見つめ、静かにつむがれる言葉を聞いた。
クリスティーナは、フロラの細い手を、握った。
「大切なものに大切な時間を与え切ったのよ」
フロラは、その言葉に、目を見開いた。
クリスティーナの言葉は続く。フロラを見つめて。
「フロラ、あなたは、孤独な世界で、父様の約束を守り抜いた。二人とも、お互いのことだけ、思いやって考えて生き抜いた。あの女は、夫を殺し継子を苛めて、あんなふうに死んだ。周り中不幸にして結局自分も不幸だった」
フロラの心には、父との最期の時間、そして父の言葉が、脳裏に鮮やかに浮かんだ。
「いい? フロラ。歪まずに生き抜いたあなたが、あなたがあの女をかえりみてやる必要なんてないわ。今までどおり、前を向いて生きなさい。あんなもの、気にすることではないわ。あなたがするのは、父様に感謝することだけ」
聞いているフローレンスの瞳から、涙が一滴落ちた。
「あなたは、父様に感謝なさい、フローレンス」
クリスティーナが笑った。
「やったことは、やったものに返ってくるのよ。フローレンスに愛情を注いだ兄さんには、あなたの感謝が返ってくる。父様の約束を守ったあなたには、一人で生き抜ける力がつけられている。不幸を作った女には、不幸が戻ってくる」
クリスティーナは、プリムラから手を離し、フローレンスを抱きしめた。
「ね? フロラ?」
ぎゅっと抱きしめられたフロラは、
わらうことに、した。
父のために。自分の幸せを願っていった、父のために。
「……はい。クリスティーナさん」
|