シンデレラがフローレンスに戻って、半年後。
今日も王子は時計室に逃げ込む。
「ごめん。また匿ってくれないか?」
息を切らせてそう告げる王子に、部屋の主は微笑みで迎えた。
「どうぞ。今日は、どなたですか?」
王子は、天井の歯車を見上げながら、答えた。
「ファセット家の長女。私は、『しばらく誰とも交際する気も踊る気もない、学問をしたいのだ』と、言っているのだが」
部屋の主は、時計室に内側から鍵を掛けながら、うんざりしている王子の方を見て微笑みかけた。
「積極的な方が多いのですね。王子も純粋に学問だけに打ち込むのはあきらめて、お付き合いなさったらよろしいのに。その方が、楽しいのではないでしょうか?」
「え……」
王子は、返事のしようがなかった。
「あのね、フロラ、」
困惑して、何を言ったものかと言葉を選んでいる王子に、おかしそうに、フローレンスは笑った。
「わかっております。クリスティーナさんでしょう?」
「何が!?」
王子は声を上げた。
フローレンスは笑う。
「とても仲がよろしいもの。いつも楽しそうにやりとりなさって」
「違うよっ!」
王子は、血液が逆流する思いだった。どうして本心は伝えにくいのに、間違った事実はこうもやすやすと彼女に届くのだろうか。
めまいをおぼえながら、王子は必死で言葉を組み立てる。
「ちょっと待ってくれフロラ! どこをどう見ればそうなるんだい? 私は、」
フローレンスは、微笑みながら首を傾げた。
「違うのですか? まあ、てっきりそうだと思ってましたのに」
王子は、泣きたくなった。
「あのね、私は、私が想っているのは、」
「? はい?」
「あの……」
にこやかに言葉を待つフローレンスに、王子は言いあぐねた。
「とにかく、それは誤解だから」
ようようそう言うと、フロラの微笑が返ってきた。
「そうですか。ごめんなさいね」
王子は、表情を改めた。はやる想いを、慎重な言葉運びで包んで、問いかけた。
「フロラ、あなたはどうなのだろうか? あなたには、誰か、想う人がいる? その……、大学や、王宮に」
果たして、満たされた微笑みが返ってきた。
「いいえ。わたくしには、したいことが沢山ありますから」
「……そう」
ようやく大空に巣立てた若鳥のようにのびやかなフロラの表情に、王子は、それ以上、言い募ることはできなかった。
「そうだよね。せっかく自由になったんだからね」
王子は息をついて力を抜いた。
「はい」
フロラは、可憐な微笑みを浮かべてうなずく。
フロラの微笑を見て、王子も微笑んだ。
「では、私もフロラを見習って、したいことに打ち込むことにしようかな」
王子は、明るい未来に心をはばたかせ、そして、今後の予定を思い出した。
「とはいえ、……一週間後はまた舞踏会なのだった」
笑っていた王子は、曇った。
「お互いに嫌だが、クリスティーナの力を借りようかな。今回も、架空の姫に化けてもらうか」
フロラは瞬いた。
「まあ。一週間後は、クリスティーナさんは不在ですわ?」
「ええ!?」
王子は絶望的な表情になった。
「どうして?」
「プリムラを連れて、ちょっと出掛けるそうです。魔法を教えるみたいで」
王子の顔には、陰が降りた。
「そう……。わざと嫌がらせのように、舞踏会の時を狙って出掛けるのか。そうか」
そして、ふと、思いついた。
妙案を。
「ねえフロラ」
「はい?」
「私と踊ってくれないだろうか?」
フローレンスが驚いた。
「え?」
「駄目かな? どうしても、周りからの誘いをかわしたいのだ」
「私は、」
フロラは困ったように首を傾げた。
「ダンスをしたことがありませんから」
「教えるよ。私でよければ」
フロラは首を振る。
「でも王子。一週間では、とても」
「大丈夫。私がエスコートするから。簡単だよ。小さいころは木登りしていたし、今は歯車の調整を見事にこなすあなただから、ダンスくらい、簡単だよ。頼む」
拝み倒す王子に、フロラは苦笑した。
「わかりました。でも、知りませんよ? 恥をかかれるかも」
王子は大きく首を振った。
「大丈夫。恥なんか、かかせない」
|