シンデレラ2 後日談3
axia 〜 天女降臨/魔女墜落 〜

すぎな之助(旧:歌帖楓月)

14 交換条件にもならない

 目を開けると、クリスティーナがいた。
「お目覚め?」
 血まみれではない。あの、十五歳の魔法使いではない。美しい、人を小ばかにした笑みで、私を見下ろしている。
 私の膝裏と背に、彼女の手が触れている。
 どうやら彼女に抱き上げられている。
「クリスティーナ。……よかった、無事で、」
 夢に見ていた過去と、今とがないまぜになって、私はそんなことを言った。
 右手を伸ばして、彼女の頬に触れる。冷たいけれど血の通った体に。
「訳のわからない坊ちゃんね。起きなさい!」
「!」
 苦笑して、クリスティーナは手を放すと、つまり、私を落とすと、私の額を平手で叩いた。ぺん! という音がした。
 目が覚めた。ああ醒めたとも。
「何をする!?」
「いつまでも、か弱い女に抱えられてるんじゃないのって言ってるのよ? ホホホ、あなた、公衆の笑いものよ?」
「!?」
 周囲を見回すと、なんと、街に架かる橋の上だった。つまり、私が落ちたちょうどその場所に、立っていた。
 道行く人々が、奇異の目で、私達を見ていく。
 それはそうだろうとも。気絶した大の男が、美女に抱えられていたのだから。
 私は屈辱を感じ、顔が紅潮した。
「……君が抱き上げていなければ、こんなことには」
「まあ」
 彼女の笑顔が冷たく、そして酷く嬉しそうになった。
「せっかく助けてあげたのに、なんてこと言うの。今度は、私が突き落とすわよ?」
「やめてくれ、全て私が悪かった、許してくれ、このとおりだ。で、どうなっているんだ?」
 話を変えないと、この魔法使いは、いつまでも念入りに嫌がらせをする。
「魔女はどうなったんだ?」
 あの、小さな「魔女」は、まさか、とうに狩られているのでは……。
 クリスティーナは、珍しく肩をすくめた。
「河の中のは、放っておくの。うちのバカ弟子に任せているのだったわ。後は、あのチビの方だけど」
 面倒くさいのよねえ、と、王宮一の魔法使いはこぼした。
「河の魔女からは、『あの子は悪意の無い不幸な純粋な魔女だから、見逃してやってくれ』と泣いて頼まれたのだけど、」
 よかった、無事なのだ、と、私は胸をなでおろすが。
「……でも、早々に潰した方が、簡単だから」
 目の前の魔法使いが、非常に嬉しそうに微笑んだ。
「すぐに始末したいわね」
「なんてことをいうんだ!?」
「当たり前よ?」
 気色ばむ私に対して、彼女ときたら、不思議そうな顔をしている。
「頼む! 向こう三ヵ年は、君の夕食を私が面倒見てもいいから、あの子を、助けてやってくれないか?」
 冗談じゃない。私の目の前で、簡単に命を奪われてたまるものか。医師としても、人としても看過できない。
 泡を食った私の願いを聞くと、クリスティーナは、フフフ、と、笑った。
 機嫌が良いのは、承諾の証、の、訳がない。
「坊ちゃんは、さすがにお医者様ねえ。でもね、私が、三度の食事よりも魔女狩りが好きだと言ったら、どうするの?」
「……」
 そらきた。
「クリスティーナ、では、魔女狩りよりも好きなものは、ないのか?」
 魔法使いは、あるわよ、と、応じた。
「王族苛め」
「よくわかる」
 納得できてしまう自分の境遇が、憐れでならない。
「では、向こう三ヵ年、私が、君の苛めの対象になるから、」
「それは、交換条件にもならないわね。あなた方は、私が私である限り、苛めの対象なのよ」
 魔法使いは、しらっとかわすと、歩き始めた。
「クリスティーナ!」
 金銀の髪を揺らして、美しい魔法使いは、すっと振り返った。
「簡単に、お情けを垂れない方がいいわよ? お坊ちゃん」
「それは、そうだが……」
 たしかにそうだ。魔女に対しては、情けは逆効果となりうる。そして、私は、王族。最も、魔女に関わってはいけない立場の人間なのだ。
 だが、
「しかし、私は医師だ」
 クリスティーナは、息をついて笑った。
「そうね。ああ、面倒くさいお坊ちゃんだこと。……やっぱり、あのまま、河流しにすればよかったかしら」
 だが、最後の言葉には、笑顔が無かった。



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