シンデレラ2 後日談3
axia 〜 天女降臨/魔女墜落 〜

すぎな之助(旧:歌帖楓月)

18 私が助ける

 腹から血を吹く少女魔法使いを助ける術は、まだ医師の卵だった私にはなかった。
「私だ! 誰か来てくれ!」
 たったこれだけの言葉で、王宮魔法使いは現れる。呼びかけた王族のそばへと。万難を排して。
「おやおや」
 のんびり、かつ、飄々とした、壮年の男の声が響いた。
 来たのは、侍従長だった。髪も口ひげも白い。
「ホッホッホ。これは、愉快」
 なんと、ゆったりと笑ってのけた。
「……」
 私は、言葉を失った。私に限らず、人なら誰でも、この光景を見ればそうなったと思う。
 大量出血で、腹を裂いて倒れている、少女魔法使い。
 壁際で座り込んでいる、頭から足までクリスティーナの血を被った私。
 部屋は真っ赤だ。
「なにが愉快だ?」
 もはや、なすすべも抑揚も無く、私は返した。
「……どこを、どう見れば?」
「どこもかしこも、ですよ。こんな者を拾ってくるから、そうなるのです。クリスティーナよ、王族の御前である。みっともない腹を仕舞え」
 私へはあっけらかんと応じ、侍従長は少女に厳しく命じた。
「こんなになってる彼女に、無茶なことを言うな」
 私が制し、そして、頼んだ。
「治してやってくれ」
「とんでもない。そんなものは自己責任です」
 即座に軽くはっきりと断られた。
「では、王族として命じる。クリスティーナを治してやれ」
「こんなもの自己責任よ」
「!」
 死なないのが不思議な魔法使いが、けろりと答えた。
 私一人が慌て、怒った。
「馬鹿を言うな! 墜落した上にそんな腹にして! 侍従長に助けてもらえ!」
「自分の力不足で死ぬのは当たり前だわ。しかも、ありがちな狂い方をした年増魔女が原因だなんて、悔しいけど。まあ仕方がないわね。助けてもらう必要はないわ」
 クリスティーナは、なんでもなく言う。
「そのとおりですよ。王子。冗談も休み休み言ってください。私こそ、腹がよじれそうですよ。もちろん、おかしくてです」
 私の理解を超えていた。
「他人が助けられる命でもか!?」
「そうよ」
「そうですとも」
 私一人、まるで異邦人のようだった。
 お前たちはおかしいと言いたくて仕方がない。だが、彼らは魔法使いなのだ。
「それが魔法使いの信条なのか……?」
 気がおかしくなりそうで、ようやくしぼりだした声に、侍従長がケラケラ笑った。
「『信条』ですと? 本当に王子ときたら、大げさな。ほんの常識です」
 クリスティーナが、滅茶苦茶になった腹を抱えながら憎まれ口をたたく。
「ほら、坊ちゃん。早くジジイに王宮へ連れて行ってもらいなさいな。私は、勘の悪い王族は、もううんざり。顔も見たくない」
 だが、わかっている。腹を裂いてまで護る者の本心ではないということくらい。
「嘘だ! 死にそう、なんだろう?」
 私の声は涙まみれになっていた。 
「さあさ、行きましょうね、王子」
 散歩に連れ出すように簡単に、侍従長は私に手を差し出す。
「しかしまあ、随分派手に汚しましたなあ。ホッホッホッホ!」
 泥遊びした子どもを見るように、笑う。血塗られた私を。
 彼らは魔法使いだ。
「……」
 しかし、私は人間で、そして、医師になろうとしているのだ。
 彼らの言うことなど、聞くものか。
「断る!」
 私は、泣きながら叫んだ。
「私は王宮から出て、医師をめざすと決めたのだ! 確かに王族の血は流れているが、私は医者だ!」
「まだ医者ではないでしょうに。せっかちですなあ。王子は、医者を志されるなら、まず、せっかちを治されたらいかがかな?」
 とぼけた茶々は無視した。
「助けないというなら、クリスティーナは私が助ける!」
「迷惑なのだけど」
 本人が心の底から嫌そうに言うが、私は無視すると決めた。
「君がどう思おうとも、これが、私の信条だ! 侍従長!」
「ほああい。なんですかなー?」
 背中を掻きながら、あくびまじりに、魔法使いは応じた。
 彼らの性質に、振り回されてなるものか!
「王族を守ることが、お前たちの仕事というなら! では、私は、ここでクリスティーナの世話をするから、侍従長が私を守れ。命令だ! いいな?」
 いい加減にして欲しいわ、と、血まみれの少女がこぼす。
「本当に本心から邪魔ですから、出て行ってくださらないかしら?」
 動く力すらないくせに、心底迷惑そうだ。
 私は、ひるまずに言って返す。
「ここは、私の家だ! 私は、私の意志を尊重する!」
 ブフッ、と、侍従長がふきだした。
「医師だけに、意志を尊重する、ですかな。ホッホッホ。つまらんですなあ。王子の冗談は稚拙きわまりない」
 不意の茶々に揚げ足を取られて、ひるんでしまった。
「私は、別に冗談など、」
「全然つまらないわ。死にそう」
 魔法使い二人を相手にするというのは、酷く神経が磨り減る。脳がおかしくなりそうだ。
「とっ、とにかくだ! 二人とも、私の命令に従ってもらう!」
「やれやれ。王子は、真面目だけがとりえだと思っておりましたのに。すっかり不良になってしまって。それどころか、冗談まで下手ときている。お先真っ暗ですな。おいたわしや」
 侍従長は、このときだけ、深刻そうな顔をして、言ってのけた。
 私は、むっとした。
「……そんなにも絶望的な話か?」
 そうですとも、と、彼は深々とうなずいた。そして、嬉しそうに言う。
「仕方がないですな。私は、王宮に戻って、あなたのお父様とお母様に、医者なんぞになりたいと抜かす息子の我がままを聞いてくれた慈悲深いご両親様に、『王子が不良におなりです。忠誠心に溢れる王宮魔法使いを脅してのけました。あな恐ろしや世も末でございますぞ』、と、伝えましょう。病み上がりの王と、看病疲れの王妃とが、さぞ、ご心配されるでしょうな」
「二人とも、心労で死ぬかもね」
 死にかけのクリスティーナが、不吉な推測をして嗤う。
「ホッホッホ! 善は急げですな。それでは、王子。私は、王宮に戻って、あなたの脅しに屈することにいたしましょう。そうしなければ、『王子が不良になった』という話に信憑性がでないというものです。では、失礼」
 うきうきと、侍従長が姿を消した。
「……おのれ、」
 私は、腹が立つこと甚だしかった。
「坊ちゃんで不良息子だなんて、最悪ねえ? ホホホホ!」
 クリスティーナが、ずたずたな身体で嗤い転げる。
「わらってる場合か!?」
 私は、彼女の側に飛んでいってひざまずいた。
「あなたが笑わせたんじゃないの。ご自身の生き様を冗談にするのは、得意なのね?」
 彼女の挑発は、私の涙しか誘わなかった。
「黙れ。……腹を、見せてくれ」
 腹を抱えた魔法使いは、あっさり首を振った。
「見たって治りゃしないわよ?」
 あまりにもしっかり抑え付けているので、私は不審に思った。
「まさか、手を離したら、身体がちぎれる、とか、そんな事情があるのではないだろうな?」
「当たり。まあ、賢いのねえ。腐ってもお医者さんの卵でしかないわね」
「……」
 外れて欲しかった。
 何かしてやりたい。
「縫合すれば、いいんじゃないか?」
 魔法使いは、顔を曇らせた。
「誰が縫うの? あなた? 任せられないわね。まだ卵だから」
「では、医者を呼ぼう」
 魔法使いは、顔をしかめた。
「何度も嫌だって言ってるでしょう? 呼んだら死んでやるわよ? 私はね、医者に助けられるような命なら、いらないの。あ、歯が生え揃ったわ」
「何故、そんなに嫌がるのだ?」
「嫌だからよ」
 私は途方にくれた。何かしてやりたいのに。
「じゃあ、どうすればいい?」
 クリスティーナは軽くうなずいた。
「そうね。ずっとお腹が空いたままだわ。何か食べさせてちょうだい」
「この状況で、まだ空腹の話か? 消化器官は壊滅状態だろう?」
「……」
 魔法使いは一気に不機嫌になった。眉間に深い深いしわが刻まれ、口角が下がった。
「つべこべ言わずに持ってきなさい! さっさとしないと、私、死ぬわよ」
 脅しだが、脅しではない。事実に違いない。
 私は泡を食って命令に従った。
「わかったよ!」



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