シンデレラ2 後日談3
axia 〜 天女降臨/魔女墜落 〜

すぎな之助(旧:歌帖楓月)

20 昔の私と同じ

 あの糞師匠、と、プリムラは腹の中で毒づいた。
 河に棲む魔女をたぶらかし、ご丁寧に力の援助をした上で、弟子であるプリムラを始末すれば、救済するとまで言ったらしい。
 彼女は、弟子を殺そうとしか思っていない。
『私の為に死んでね』
 何に絶望したのか、すっかり真珠に変わり果てた魔女は、親しげに笑いつつ河を歩いてくる。
 魔法使いプリムラの立つ、王宮の岸辺の方へと。
 魔女は、私を始末する。
 私も、王族の命令に従うならば、彼女を、おそらく最近の舟の事故を引き起こしている犯人を、始末しなくてはならない。
「それなら、私は、この河を使う舟人と、王宮の技師達の為にあなたを始末するわ」
 魔女は、『ひどいわ』と、悲しそうに目を伏せた。
『私は、大したことはしていないでしょ? ただ、舟から、少しの食べ物や、銅貨をもらっただけよ』
 魔女は渦巻く河の水を救って、プリムラへ投げた。気の無い水遊びをする程度の、おざなりな様子で。
 しかし、投げられた水は、真珠色に変化する。
 そして、芳しい桃のような香りを放つ。
 プリムラは、よく知っている。魔女の真珠は猛毒なのだと。それが、かつて、義妹の父を殺した。
 魔法使いは、水つぶてを避けた。
「今のところは、でしょう?」
 言葉を返しただけだった。
『いいえ。これからもよ? それに比べて、あなたが死ぬ効果は大したものよ。私の命を救い、私の大切な仲間の命までも救うのだもの』
 魔女は、手を浸けた。流れとは別の、魔法で大きな渦を巻く河に。
 プリムラは、考えていた。
 たしかに、大事にはなっていない。舟は取水口に引き寄せられる、が、人死が出ることもない。多くが、ぎりぎりでかわして、航路に戻っている。
「取水口に舟を引き込ませたのは、わざとなの?」
 魔女は真実を語らないだろうが、魔法使いはあえて尋ねた。
『それを聞いてくれるのを、ずっと待っていたの』
 魔女は、ほっとしてうなずいた。
『わざとですとも』
「どうして?」
 笑顔が、真珠色に狂った。
『死んで欲しかったからよ。誰も彼も死ねばいいのよ』
 河に浸けた左手が、溶け落ちた。
『私一人で死んでなるものですか。できるだけ多く死ねばいいの。だけど皆助かってしまった。何故かしら。舟人だから? 悔しいわ』
 肘から下も溶け、肩も落ちた。全て、真珠の粒に変じた。
 そう間を置かずに、左半身全てが河に溶けた。
『そんな時に、王宮魔法使いが来たのよ。私を救うと言ったの。そのための力もくれた!』
 彼女の失われた左半身側の河が、半円形に、真珠色に輝いた。全て猛毒。遅効性ではあるが、必ず死にいたる。
『そうだ。あなただけじゃない。沢山死なせる方法があるわ』
 女の顔が狂喜に歪んだ。
『きっとうまくいく。幸せなことになるわ』
 河面から河底までの半円柱の水が、持ち上がった。死を意味する真珠色に輝いて。
 輝きで、瞳の色以外の、魔女の外見が知れた。
 桃色かかった茶色の巻き毛。下がり気味で長いまつ毛の甘い瞳、ふっくらした小さな唇。どこか儚い、甘い美貌。瞳の銀は、すでに狂っていた。
 自己耽溺で他者依存な狂気。死を甘美な夢に仕立てて。
 この魔女は歪んでいる。
 昔の私と同じ。
『真珠溶かした雨を降らせましょう。王宮にも、街にも。そうだ、霧雨がいい。その方が、より沢山の人に触れるわ。美しい風景でしょうね。真珠色の霧雨のなかで、みんな死んでいくの』
 魔女の頭上に高々と持ち上げられた水柱は、彼女の狂気、真珠の色に染まっている。
『でも、あなたには沢山あげる。雨じゃないわ。滝となって打ち付けるのよ。プリムラ!』
 意図して名を呼んだ。旧知の友に会った様な喜びの声を、狂った顔が吐いた。
『あなたの師匠の力を授かった私が命じる。岩のように動けないまま、滝に打たれろ』
 魔法使いは舌打ちした。たしかに動きが取れない。
「嫌な女」
 睨まれた魔女は、はしゃいだ。
『そうでしょ? 憎んでもらえてうれしい。私は、あなたや多く人の死と、私の自由、この二つの幸福を得られるのね!』
 水の半円柱の一部が縦に裂けた。それは、プリムラの方に倒れてきた
『さよならプリムラ、ありがとう』
 形が崩れ、本来の液体の性質を取り戻し、しかし真珠色に輝いたままで、滝となって降り注ぐ。
 その流れは、速やかに二つに分かれた。
 一つは真珠の粒に、もう一つは、水に。
 その性質は、速やかに二つに戻った。
 一つは硬い結晶に、もう一つは液体に。
 数多の真珠が魔法使いの右手の上に、従順に浮かび、水は河に落ちて飛沫を上げた。
『……どうして?』
 予想したことにならなかったので、魔女は首を傾げた。
 滝に打たれた魔法使いは、たまらず死んでしまう。それも、苦しんで苦しんで。
『どうしてなの?』
「そんなこともわからないの?」
 プリムラは、手にした真珠を握りつぶした。
 真珠は、魔法使いの手のひらで、元の姿である魔女の血に戻り、ずたずたと流れ落ちた。
 冷たい金髪の魔法使いは、冷酷に嗤った。
「あなたが魔女で、私は魔法使いだからよ」
 師匠も舐めた真似を。
 この程度で、私を殺せると思っていたのね。
『それは違うわ』
 魔女は、ゆっくりと首を振った。
『私は、あなたの名前も知っているし、あの魔法使いから力をもらったのよ。私は、あなたより力が沢山ある。だから、私は生き、あなたは死ぬ』
「お黙り、魔女」
 夜風を凍らせる冷たさで、魔法使いが制した。
 この真珠、全部師匠に投げつけてやりたい。
「あの憎らしい魔法使いに関わったのが、あなたの運の尽きよ」
 魔女ごときに、力を与えて、名前を教えて、
 私を仕留める、ですって?
 よくも、見くびってくれたわね。
 プリムラの氷の心が、自尊心を傷つけられた怒りに燃えた。
 許せない。
 魔法使いは、凍て付く銀の瞳で、魔女を睨みすえた。
「あなたの名前なんて、知る必要はない」
 河が、魔女の半身ごと凍りついた。



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