シンデレラ2 後日談3
axia 〜 天女降臨/魔女墜落 〜

すぎな之助(旧:歌帖楓月)

21 大好き!

 誰か教えてくれ。
 どうして、この、子どもの魔女は、クリスティーナから離れようとしないのだ?
「ママを治してくれて、ありがとう!」
 心の底から喜んで感謝して、そうして、……信じられないことに、この魔法使いになついてしまった。
 何を企んでいるのかわからない王宮魔法使いは、この子の母を治した後、自分の仕事部屋に戻って、薬剤のようなものを調合しているわけなのだが。
「おばちゃん、大好き!」
 そう言って、にこにこ笑いながら、肥料袋を被った魔女は、彼女の孔雀色の美しい長衣をぎゅっと握って、ぴったり張り付いている。
 信じられないことだ。何故、なつけるのだ。
 悪夢としか思えなかった。
 嘘だ。ありえない。
 だから、私は、魔法使いに言うのだ。
「クリスティーナ。この子に魅惑の術か何か掛けたのだろうが、可哀想過ぎる。解いてやってくれ」
「うるさいわね」
 是非も無い。
 彼女は、私の願いを適当にあしらい、もくもくと薬剤らしきものを作っている。白い乳鉢に、乾燥させた薬草やら魚の肝やら混ぜ込んで。
 見たことのない調合の仕方だ。どう考えても医薬品ではない。
「大好きなおばちゃん。何を作っているの?」
 この子、プリシラは、魔女らしからぬ純粋な笑顔を浮かべながら、「おばちゃん」に無邪気にたずねる。
 クリスティーナは、質問に普通に答えた。
「あなたの食べ物よ」
「わーい!」
「毒か?!」
 私は顔色を変えた。
 魔法使いはにっこり笑った。擦り混ぜながらであるので、動きにより、金銀の髪がまぶしく揺れる。
「坊ちゃんに飲ませるものなら、それにするわよ?」
 言外に、「毒ではない」と言っている、ように聞こえるが、嘘だ。嘘に違いない。
「できるなら、私があおってもいいが」
 この子を助けねば。
 クリスティーナが、表情をどす暗くさせた。
「嫌よ。勿体ない」
「私の命が勿体無いのか?」
 魔法使いは、乳鉢に、金の粉を入れながら、大きく首を振った。
「とんでもない。これが勿体ないと言ったの」
「おばちゃん、おいしそうな匂いがしてきたよ?」
 クリスティーナに寄り添っていたプリムラが、作業台の上の乳鉢に興味をしめした。
 よりによって、「おいしそう」と言った。
 生臭いにおいしかしないのだが。
 小さな魔女は、一生懸命背伸びをして、台にこつんと顎を乗せ、両腕で台にしがみついている。両脚がぷらぷらと宙に浮いた。この可愛い小さな子がいるだけで、恐ろしい魔法使いの部屋に、優しい光が灯ったように感じられる。
「いーいにおーい」
 そして、ふくふく笑っている。
「そうよ。あなたの為だけに作っているのだもの」
 魔法使いは、恐ろしくも、にっこり笑ってうなずいた。
「わーい! わーい! おばちゃん、ありがとう!」
 プリシラは、無邪気に喜んだ。それが憐れで、涙が出てくる。
「!」
 私は、こらえきれず、魔女を抱き上げた。
 避難させなければ。無下に命を無くさせたくない。
「駄目だよ。間違いなく、これは毒だよ。それに、いい匂いなんかじゃない。生臭い臭いだよ」
「お黙りなさい。過保護パパ」
 クリスティーナが殺気だった声で言い、「できたわ」とつぶやいた。
「私はこの子を守る」
 条件反射で当然の警戒をする私に、魔法使いは、「お黙り、過保護パパ」と繰り返した。
 私は、毅然として、言い返した。
「過保護なものか。当然のことだ。小さいのに母を守って生きてきた、優しい子だ。人間でもこうはいかないぞ。ちっとも歪んでないじゃないか。命を助けてやってく」
 言う途中で、私の額がバチンと音をたてた。
 ……無論、彼女が平手ではたいたのだ。今日一番痛かった。
「くどくどと何度もうるさい坊ちゃんね。地の果てに飛ばすわよ?」
「なんとでも言うがいい。するがいいさ。私は、この子を連れて、地の果ての向こうにだって逃げてやる」
 プリシラを抱き上げた私は、じりじりと後ずさりする。
 クリスティーナは首を振る。
「逃げるなら、この子を置いていって」
 私も首を振る。
「この子のために逃げるのだ」
「この子のためにならないと言ってるのに」
 魔法使いは面白そうに嗤った。
「あと何度、私から叩かれるかしら?」
「何度でもいいさ。私がこの子を守ることに、変わりは無い」
 王宮魔法使いは、非常に楽しそうに、笑ってみせた。
「本当に、手のつけられない過保護ね。身のほど知らずのご心配、ご愁傷様」
 そして、真顔になった。
「邪魔なこと、この上ないわ。おとなしくしてて頂戴。プリシラの面倒くさいお父様?」
「!」
 私は、腹部に、激しい熱を感じた。
 同時に、意識が遠のいた。
 つまり、彼女が、王宮魔法使いのくせに、仮にも王族である私のみぞおちに、容赦の無い拳を叩き込んで気絶させたのだ。魔法を使わないあたりが、馬鹿にしている。
 それを私自身が知るのは、全てが終わってからだった。



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