「悪意が無いだけに、始末に終えないわ」
自分の拳で気絶させた医師を腕に抱いて、クリスティーナはため息をついた。
誰彼構わずに、情け心を溢れ出させられる。この困った性分が、たとえば、魔女の色目にとりつかれたのが原因だというなら、『2度の新月を迎えるまで、魔女の居ない場所で暮らさせる』という治療法があるのだが。
残念ながら、正気でこれだ。
「足手まといの坊ちゃんは、床に放置、で、充分ね」
医師を冷たい石の床に横たえ、魔法使いは、そばに立つ小さな魔女に向き直った。
「待たせたわね、プリシラ。食事にしましょう」
肥料袋を被った子どもを抱えあげ、作業台の上に座らせる。
「わーい!」
小さな女の子は無邪気に喜ぶ。
「食べる前に、教えて頂戴な?」
クリスティーナは、珍しくも、まともな微笑を浮かべて尋ねた。
「うん! なあに?」
「年はいくつなの?」
小さな子は、嬉しそうに魔法使いを見つめて、足をぷらぷらさせながら答える。身体が揺れるごとに、見事な金髪が満月のようにきらめいた。
「2つだよ」
「そう。無理に大きくなったのね」
魔法使いは、小さな魔女の服代わりになっている、肥料袋の下に手を入れた。
首から下の身体には、肉が無かった。皮を貼り付けた骨しかなかった。
魔法使いは淡々と質問を繰り返す。
「生まれてから、何を食べていたの?」
プリシラはにっこり笑った。
「ママのおっぱいを一週間飲んだわ」
「それから?」
「りんごの擦ったのを一口と、お水は毎日」
「林檎。ほかには?」
「それだけよ?」
「どうして、何も食べなかったの?」
小さな子どもは瞬きをした。
「私は、食べなくっても平気だよ。ママが病気になったの。ママを元気にさせなきゃでしょ?」
魔法使いは、神妙な顔になった。
「どうして、ママを助けようと思ったの? あなたは、一人でも生きられるでしょう?」
「?」
そんなことを聞かれるとは思っていなかったらしく、プリシラは、「ええと」とつぶやいて、何度も首を傾げて、答えを探した。
「……ママは、私が生まれた時に、『生まれてきてくれてありがとう』って言ったの。ママは、独りぼっちで生きてきた。私は、ママのために生まれてきたの。だからよ?」
しばらくの沈黙が流れた。
そして、魔法使いは、祈りのように静かに言葉を紡いだ。
「あなたの名前は、『砂漠の女王』という意味よね?」
小さな子どもは、大好きなおばちゃんから言い当てられて、くすぐったそうに笑った。
「そうよ。ママが付けてくれたの。『あんたは、砂漠みたいな私の人生の中で生まれた、たった一つの希望』って。私は、ママのために生まれてきたのよ」
王宮魔法使いは、小さな女の子に微笑みかけた。
「大した小さな魔法使いだこと」
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