シンデレラ2 後日談3
axia 〜 天女降臨/魔女墜落 〜

すぎな之助(旧:歌帖楓月)

24 不良王子

 さすが、大したものだ。
 それから、床の上のクリスティーナが目覚めたのは、3時間後のことだった。そのときには、腹に薄皮が貼っていた。
 魔法使いの治癒力の凄まじさを見せつけられた。
 私は、外気にさらされていた内臓が保護されたことに、ひとまずは、ほっとした。
 さきほどと同じようにして、林檎と牛乳とパンを食べさせると、魔法使いはまた眠った。目を閉じる前に、彼女は私に、『次に起きた時に食べさせてくれないか』と願った。こういう時だけ控えめなのが、正直、気味が悪い。
「いちいち頼まなくても。私は、君と一緒にいると侍従長に言った時から、そのつもりなのだ。気にせず眠ればいい」
 魔法使いの顔が、かげった。
「無闇な善意に溢れ返るあなたの行く末が、心配でならないわ」
 どうしてこういう時に、私の神経を逆なでするようなことを言うのか。
 さっきの、「優しい王子様」発言が、懐かしくてならない。
 私は、肩をすくめた。
「君に心配される必要はないよ。私は、これまでもこれからも、このやりかたで行くのだから」
 魔法使いはしみじみとうなずいた。
「そうね。『後悔先に立たず』、と、いうものね」
「……」 
 今度目が覚めても食事をやらんぞ、と、言いたくなった。
 が、その前に、魔法使いは、安らかな眠りに落ちていた。
 腹を抱えていた腕は、両方とも、床の上に伸ばされている。
 眠っていれば、そう、口を利かず、目が開かれなければ、哀れな姿なのに。でもまあ、私は、「元気な状態」にする手助けをしている訳だから。
 元気な状態、か。
 死にかかっていてこれだけ憎まれ口を叩けるなら、元気になったら、……どれほどだろうか?
 そう思うと、手助けしたくなくなってきた。
 しかし、しおらしかったり優しかったりする魔法使いなどいない訳で。そんな者がいたら、よほど悪質か、……見たことはないが、それこそ天女か。
 つまり、これでいいのだ。腹は立つが。
 次に目覚めたのも、3時間後だった。
 腹の見た目が、正常になっていた。中身はまだまだだろうが。手足の状態も、外見的には、ほぼしっかりしてきた。
 また、同じ物を食べさせた。
 すると、クリスティーナがこう尋ねた。
「別の物はない?」
「足りないのか? 何が食べたい?」
「肝臓」
「……」
 臓器の名前を言うとは。
 人間の、じゃないだろうな。
「家畜の、だよな?」
 確認すると、魔法使いが銀の瞳を閃かせて嗤った。
「あなたのでもいいわよ。さぞ、善意の塊なおいしい肝臓でしょうね」
 私の膝が、がくりと崩れた。恐怖で。
「嫌だ。断る」
「いらないわよ。可愛い坊ちゃんねえ。ホホホホ」
 面白がって笑うクリスティーナから目を反らして、私は立ち上がった。部屋を出る。
「全く! からかう元気が出てきてなによりだ」
 振り返りざまに言うと、魔法使いが尋ねた。
「どこへ行くの?」
「王宮の食料庫にね。人のは無いが、牛か豚のがあるだろう。取ってくるから、少し寝てなさい」
 私が部屋を出るときに、魔法使いは何か言いたそうにしていたが、きっと「いってらっしゃい」を根性悪くしたくらいのものだろうと思い、気にしなかった。
 それが判明するのは、王宮の裏口に入ってすぐのことだった。

「……王子が来られるとは、思ってもみませんでしたな」
 裏口に入ってすぐ、私を迎えたのは、どういう訳か、侍従長だった。
 これまた、食えない魔法使いだった。
 早朝の涼やかな空気の中では、会いたくない。
 クリスティーナが墜落した階段は、きれいに清掃してある。
 私は眉をひそめて「悪いか?」と居直った。
「不良息子が帰ってくるとは思わなかったか。だが、安心しろ。食料庫から一品拝借したら、また家出をするつもりだ」
「ほほう、拝借、ですか」
 初老の魔法使いは関心してうなずいた。
「いやはや。実家の物を盗み出すとは。いかにも不良息子らしい、何処に出すにも恥ずかしい、呆れた心がけです」
 足早に、食料庫に向かう私の後に、侍従長が、間をおかず、ぴたりと着いてきて話しかける。
「ところで、私が心配してるのは、いやいや、心配というほどでもないのですが、」
「なんだ?」
 豚の肝臓を滑らかにすりつぶして味を付けたものが、あるはずだ。ちょうど、クリスティーナが欲しがっているものに合う。それを、いただくつもりだった。
「実はですな、」
 ホッホッホ、と、侍従長は、おかしそうに笑った。
「王子には、『魔女避けの魔法』を、掛けてございまして、」
「そうか。『魔法使い避け』でなくて何よりだな」
 嫌味を言いながら厨房を通りすぎ、料理人たちと行きかって、食料庫の扉を開く。 だいたいの保管場所はわかる。幼い頃に、弟と忍び込み、新年用に作り置いてある「夏の果物の蜜漬け」を盗み食いして、こっぴどく叱られた経験があるのだ。
「なぜかと申しますと、先ほど王子を狙った曲者魔女を避けるためでして。つまり、それは、王を病に陥れた張本人だったわけでして。まだ捕まえられないのが難点ですが、」
 食料棚を探す。あった。手のひらに包めるほどの大きさのガラス容器に入っている。それを二つ拝借した。
「おや。『一品』とおっしゃってませんでしたかな?」
 侍従長が冷静に厳しく指摘してきた。
「なんとも卑しい。いやはや。そこまで堕ちたとは。嬉しくなる情けなさですなあ」
「一品には違いないだろう。数量は言ってない」
「まあ、そうですな。それで、私の話を続けますが、」
 倉庫を出ながら、私は釘をさした。
「続けてもいいが、最終的には、『私への嫌がらせ』になるのではないだろうな?」
「いや。これは鋭い」
 侍従長は、機嫌よく笑って、手を叩いた。
「天晴れな洞察力です。では、ご褒美に、話の締めを、今すぐご披露いたしましょう」
「なんだ?」
「『魔女避けのかかった貴方』と一緒にいたクリスティーナのことです。あやつと来たら、さきほどは魔女の悪巧みを、自分の腹ごと潰しましたなあ。さぞや、あの魔女に恨まれていることでしょう。あなたがそばにいた時には、魔女が仕返しに来ようとしても、手を出せなかったでしょうが。今は、さて、どうなっていることやら」
「!」
 ぞっとした。
 まだ、動けないのだ。彼女は。
「早く言え!」
 侍従長は、長い袖で口元を隠し、ホッホッホ、と穏やかに笑った。
「おやおや。これでもご褒美扱いで、特段の早さで申し上げましたのに」
「私を自宅に転移させろ」
 顔色を変えた私に、魔法使いは、あいかわらず呑気に首を振る。
「とんでもない。それは王子を危険に晒すことになりますので、あなたを守る私としましては、承諾できかねますなあ」
「……そうか」
 仕方がない。それが王宮付きというものだ。
 私は駆け出そうとした。
「わかった。自分で行くとも。ではな、侍従長」
「お待ちなさい。それでは、私が単なる盗人になってしまいますぞ」
 そう言って、懐から、ぶどう酒の瓶を取り出した。
 ……食料庫の奥にある酒蔵の、さらに奥に大切に保管されている、最上級の一品だ。
 いつの間に。
 侍従長はホッホッホと朗らかに笑った。
「私に、これを下賜なさるという条件で、その不当な命令、お受けいたしますが?」

 侍従長の言った通りだった。
 自宅に転移すると、熟年の魔女に、クリスティーナが髪をつかまれて、殴る蹴るの暴行を受けている最中だった。
「クリスティーナ、済まない!」
 謝って、肝臓の加工食品を取り落としながら駆け寄ろうとする私の襟首を、侍従長がむんずと掴んで引き戻した。
「その前に、私に仕事をさせてくださいませんか。食料窃盗及び善良な魔法使いを恐喝した不良王子様」
 聞き捨てなら無いが、彼の次なる行動は迅速だった。
「王を呪った魔女を探す手間が省けて結構。馬鹿面下げて出てくるとは。それもこれも、ひとえに、私の日々の行いが良いからですな」
 どの魔法使いも、いけしゃあしゃあと言ってのける。
 そして、侍従長は暴行を受けている魔法使いを褒めた。
「クリスティーナ、よくやった。死にかかったお前ほど、良いおとりはいないぞ。よく恨まれ、抵抗もできぬ、たのもしくも情けないていたらくだ」
 私達の突然の出現に、驚いてこわばった魔女に馬乗りにされたまま、少女魔法使いは、舌打ちした。
「ジジイ! さっさと仕留めなさい! でないと、そろそろあんたも寿命が来て、地獄から迎えがくるんじゃないの?」
「さすが、口だけは減らない憎らしい小娘だ。ホッホッホ!」
「笑ってる場合じゃないわ!」
「ホッホッホ。もう済んだぞ」
 言うやいなや、魔女が、もんどり打って倒れた。
 物騒な魔法を使ったのだろうことはわかる。王宮付きを始めとして、上級の魔法使いは呪文を必要としない。
 魔女は、声もなくもがき苦しんでいる。額からは脂汗を、口からは血泡を吹いて。
 私から手を放した侍従長は、とことこと歩いていく。何度も言うが、ここは血まみれなのだが、彼だけは、まるで孫の部屋に入ったかのように、呑気に楽しげな雰囲気をかもし出している。
「はてさて。面倒くさいが捨てるわけにもいかず。この崩れ魔女、持って帰らねばいけませんなあ」
 侍従長は、野良猫をつまみ出すように、魔女の襟首を掴んで引き上げた。
「王子、さきほど下賜いただいたぶどう酒につきましては、私が、見事この魔女をしとめた褒美だということで、ご了解いただけますかな? 盗品ですが、私は、そんなこととはつゆ知らずに、盗んだ張本人である不良王子から、ありがたく遠慮しつつ受け取った、ということも、重ねて了解願います」
「お前の罪を、私が被るのか?」
 初老の魔法使いは、ニヤリと嗤う。
「当然ですとも。随分と、業務外の仕事をおおせつかりましたものなあ」
 断末魔の形相で苦しむ魔女を、なんなくつまみ上げたまま、侍従長は、落ちていた肝臓の加工食品を拾い上げた。
「不良王子。これも盗品ではないですか。やれやれ、恐ろしいお方だ。魔法使いを恐ろしがらせるとは、まこと不良王子」
 それを私に手渡すと、力なく転がった魔法使いの少女を見下ろした。
「とんだ悪運の強さだな、クリスティーナ。こうまで破格にお人よしの王子に拾われるとは」
 ぼろぼろの魔法使いは嗤う。
「そんなの、日頃の行いが良いからに決まっているでしょう?」
「そうだな。そのうち天罰がくだるとも」
 それでは御前を失礼したします、と、侍従長は妙に慇懃に深々と礼をすると、指先一つ動かなくなった魔女を引きずって消えた。
「大丈夫か!? クリスティーナ」
 私は、今度こそ駆け寄る。
「すまなかった。こんなことになるとは、思わなくて」
「謝るのはあなたではないわ。あのジジイよ」
 すぱりと返すと「いつもいつも人を陥れて。いつか始末してやる」と憎々しくつぶやいた。
「師弟なのに、仲が悪いのだな」
 しみじみ言うと、クリスティーナは「当然よ」とうなずいてはき捨てた。
「なにせ師弟ですもの」
「そんな殺伐とした師弟関係は、魔法使い間だけのことだと思うが」
 私は、そばに膝をつき、手足をきちんとした方向に戻してやった。
「また、酷い目に遭ったな」
 目を伏せる私に、クリスティーナが笑う。
「こんなの、大したことじゃないわ?」
「怖くなかったのか? 動けないのに、」
「だから、大したことではないわ? こんなもの、あのジジイから受けてきた仕打ちに比べれば、」
 途中で、魔法使いがおかしそうに笑った。
「何を泣くの? 面白い坊ちゃんねえ」
「……なんとでも言え、」
 私は、溢れ出る涙を腕でぬぐうと、拝借してきた、彼女ご希望の「肝臓」が入った容器を指し示した。
「持って来た。食べるか? また歯を折ってないだろうな?」
「そんな柔らかいものに、歯はいらないわ。頂ける?」
 この後、クリスティーナが物を飲み込めるようになるまで、2日かかった。魔法使いにしては、これでも治りが悪いそうで、その理由も、後で知ることになる。



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