「そういうことは先に言っておいてくれないか?」
「聞かない方が悪いと思うわ?」
気が付くと、床の上に転がされ放置されていた私は、クリスティーナがプリシラを身奇麗にさせて、丁寧に抱きかかえている光景を目にすることになった。
当然ながら、私は、この魔法使いが、可哀想な小さな魔女を始末するに違いないと思っていたので、そこでまたひと悶着あり、真実を聞くまでに相当な時間がかかったのだ。
なんと、魔法使いだったとは。
「私にも抱かせてくれ」
食事にありつき、それはクリスティーナが調合した特殊な薬剤だというが、気のせいか少しだけ肉がついてきたプリシラは、とても愛らしかった。すすけた外見はきれいにされて、魔法使いの女性たち特有の美しい色白の肌と銀の目、そして、まるで発光しているように煌めく金の髪が美しく波打っている。
「おじちゃん、ママを助けてくれてありがとう」
無邪気ににっこり笑って、プリシラは私に手をさしかける。私はこの可愛い子を腕に抱いた。
「ママが、元気になってよかったね。これからは、もっと、ちゃんとした場所で、また二人で生活できるようになるからね」
「うん!」
笑って私に抱きついてくる。
愛らしいこと、この上ない。
私は、自然に、笑みがこぼれた。
「こんな魔法使い、見たことが無いよ」
本当は魔法使いではないのでは? と思うほどだ。
クリスティーナも、つくづくとうなずく。
「天然ですもの。私も初めて見たわ。生まれながらの魔法使い、だなんて」
「もっと早く言ってくれれば、」
無駄な心労と苦労や、掛けられずに済んだ濡れぎぬが沢山あったのに。主にクリスティーナの所為でだが。
その魔法使いが、不機嫌に反論した。
「お黙り。あなたが早とちりするからでしょう? 過保護パパ」
「それは、君が最初に魔女だなんていうから、」
「魔法使いだなんて思わないもの」
「それなら、わかった時点で、」
私が言い募ると、クリスティーナがぷいとそっぽを向いた。
「わかった時点で、私が何を言ったとしても、全然聞く耳を持ってなかったでしょう? なにせ、過保護パパですもの」
……まさか。
「もしかして、拗ねているのではないか?」
「……」
返事も無い。こちらを見もしない。
「悪かったよ。君が病院に運ぶと言い出した時に、何か変だなとは思ったんだけど。しかし、何せ、君のすることだから。君は……魔女狩りが、大好きなんだろう?」
「大好きよ」
「誤解を生む言い回しも、大好きだろう?」
「大好きよ」
「……それなら、」
言いかけて、私はもしかしてと思った。
それでもわかって欲しかったのに、私がわからないものだから、拗ねたのだろうか。
それほど近しく思ってくれているのだろうか。
私は、嬉しくなった。
プリシアに作業台の上に座ってもらった。
「済まなかったね。わからなくて」
私に背中を向けたままの王宮魔法使いを、抱きしめてみた。
私と身長が同じで、私よりも態度が大きくて、私の想像もつかない、愛しい魔法使い。
たまに、こんな面を見せてもらえると、嬉しくてならない。
「泣いてるの?」
プリシラが、不思議そうにこちらを見ていた。
私は首を振った。
「いや。私は泣いてないよ」
今度は小さな魔法使いが首を振る。
「おじちゃんじゃないの」
私は、背中越しに、クリスティーナの顔を覗きこんだ。
予想通り、全く、これっぽっちも、涙の片鱗すらも見えない。ただ不機嫌なだけだ。
しかし、小さな魔法使いは、じっと彼女を見ている。
まさか、私の言動に傷ついていた、なんてことは、
……そういえば、怒っている風な感じではあった。
私は、プリシラと、私の感覚とを信じることにした。
そっと、彼女をこちらに向かせた。
今度はうつむかれてしまった。
「悪かった。クリスティーナ、」
「……」
「済まない。ごめんよ」
「……」
弱った。
どうすれば、
すると、彼女がひょいと顔を上げた。
ぺん、と、私の額を叩いた。
今回は、痛くは無い。
「クリスティーナ?」
「忘れてたわ」
「は?」
「どうしようかしら」
しばし、何かを考えるそぶりを見せて、王宮魔法使いは、小さなプリシラを見た。
「プリシラ、私のことは心配しなくっていいの。それより、私と一緒に来てくれないかしら? あなたのお友達が待っているわ」
意味のわからないことを言い出したクリスティーナに、小さな魔法使いは、にこにことうなずいた。
「おばちゃんと一緒なら、どこでも行くよ?」
「助かるわ。さあ、いらっしゃい」
するりと私の腕から抜けて、魔法使いは、女の子を抱き上げた。
「じゃ、御機嫌よう。お医者様」
「どこに行くんだ?」
クリスティーナは、仕返しなのか、ひらひらと手を振った。
「教えてなんかやらないわ。また面倒なことになるもの。あなたは、おとなしくお留守番してなさいな」
突然、私は一人きりになった。
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