翌朝。
私は、誰かに起こされた。
「起きて、」
肩を捕まれ、優しく揺すられる。
いやいや、まだそんな元気は無いはずだから、これは夢だろうと思った。
「起きて、王子様、」
そんなはずはない。彼女はまだ動けない。
「ちょっと! 起きなさいと言ってるでしょう? 聞いてるの? 坊ちゃん!」
ガクガクガク、と、地震さながらに、揺さぶられた。
「さあ、朝よ! お医者様の卵は、とっとと学校にお行きなさい!」
「え!?」
目が覚めた。
飛び起きると、床に座った私の目前に、見知らぬ人が腕組みをして立っていた。
誰だ?
「……どちら様ですか?」
「ずいぶんな言い方ね」
その人は、片頬で嗤って、肩をすくめた。
声が、彼女だ。
「まさか。クリスティーナなのか?」
「そうよ? 初めまして」
冗談のような挨拶が、ぴたりとくる。
だって私は、血みどろでずたずたでボロボロの彼女しか知らない。
「本当に、初めまして、だな。そんな姿だったのか……」
根性が悪くて居丈高で、しかし、明るい銀の瞳は知っている。
だが、その他は、初めて見る。
「……」
天女かと思った。
「そんなに驚かなくったっていいでしょ? 面白いこと。目も口もまん丸だわ!」
魔法使いは、呆然としている私を見ると、ホホホホホと高く嗤って腹を抱える。
「可笑しいったらないわ!」
「腹は大丈夫なのか!?」
私は心配になった。
クリスティーナは、にっこり笑った。
「お陰様で」
「……」
加減のない笑顔を向けられ、私は思わず見惚れてしまった。
対する魔法使いは、眉をひそめた。
「何をぼうっとしているの? まさか、寝ぼけてるんじゃないでしょうね?」
遠慮なく、私の額を、ぴしゃりと叩いてのけた。
「起きているとも!」
私はあせったが、安心した。よかった、彼女は、今のを寝ぼけてる、と、受け取ったようだ。
そして、叩かれて気付いた。
手も、きれいになっている。
「手も治ったのだな。よかったな。爪もちゃんとしてるし、……よかったな」
つい、感極まって涙声になった私に、魔法使いは、決まり悪そうにうなずいた。
「これが普通なの。傷なんてすぐに治るものなのよ。今回は、色々としくじったわ」
そして、「あのクソジジイども、覚えてらっしゃい」、と小さくつぶやくと、底暗い笑みを浮かべた。恐ろしい。
「ま、まあ、今回は、本当に、色々と大変だったな」
ひきつり気味にあいづちを打つと、彼女は適当にうなずいた。
「そうね。死ぬところだったわね」
やはり他人事のように言う。
私は立ち上がった。
「じゃあ、朝食を作るよ。君も、普通に食べられるのだろう?」
「勝手に作らせてもらったわ」
「え?」
瞬いて、相手を見る。
「お口に合うかは、わからないけれど」
「大丈夫なのか?」
私は彼女の体調のことを聞いたつもりだったが、
「失礼な坊ちゃんね」
と、額を叩かれて、別の意味にも受け取れることに気付いた。つまり、「君の作った食事は大丈夫なのか」というふうに。
「違う。体調の方を聞いたのだ」
ああ、と笑うと、私の額を軽く撫でた。
「見ての通り。快復したわ」
本当に別人だ。
銀かと思うほど眩しい白い肌は、全身血塗られていて、内部の激しい骨折と組織破壊でぼろぼろになっていたし。
なめらかな曲線を描く手足も、どこが関節なのだと言う程折れ曲がっていたし。腹にいたっては、中身がこぼれていることもあった。
金銀の、光の結晶のような髪など、血みどろで、もはや髪というより泥粘土のようで、べた付いた赤錆色の塊になっていた。
彼女が、身を賭して父の命を救ったのだ。
「王の命を救ってくれて、ありがとう。魔法使いクリスティーナ。息子として礼を言うよ」
部屋を出て行く彼女に、頭を下げた。
振り返った彼女を、背後から朝日が照らす。なんて美しいのだろう。
「礼を言うことじゃないわ。こんなの通常業務よ」
|