シンデレラ2 後日談3
axia 〜 天女降臨/魔女墜落 〜

すぎな之助(旧:歌帖楓月)

27 初めまして

 翌朝。
 私は、誰かに起こされた。
「起きて、」
 肩を捕まれ、優しく揺すられる。
 いやいや、まだそんな元気は無いはずだから、これは夢だろうと思った。
「起きて、王子様、」
 そんなはずはない。彼女はまだ動けない。
「ちょっと! 起きなさいと言ってるでしょう? 聞いてるの? 坊ちゃん!」
 ガクガクガク、と、地震さながらに、揺さぶられた。
「さあ、朝よ! お医者様の卵は、とっとと学校にお行きなさい!」
「え!?」
 目が覚めた。
 飛び起きると、床に座った私の目前に、見知らぬ人が腕組みをして立っていた。
 誰だ?
「……どちら様ですか?」
「ずいぶんな言い方ね」
 その人は、片頬で嗤って、肩をすくめた。
 声が、彼女だ。
「まさか。クリスティーナなのか?」
「そうよ? 初めまして」
 冗談のような挨拶が、ぴたりとくる。
 だって私は、血みどろでずたずたでボロボロの彼女しか知らない。
「本当に、初めまして、だな。そんな姿だったのか……」
 根性が悪くて居丈高で、しかし、明るい銀の瞳は知っている。
 だが、その他は、初めて見る。
「……」
 天女かと思った。
「そんなに驚かなくったっていいでしょ? 面白いこと。目も口もまん丸だわ!」
 魔法使いは、呆然としている私を見ると、ホホホホホと高く嗤って腹を抱える。
「可笑しいったらないわ!」
「腹は大丈夫なのか!?」
 私は心配になった。
 クリスティーナは、にっこり笑った。
「お陰様で」
「……」
 加減のない笑顔を向けられ、私は思わず見惚れてしまった。
 対する魔法使いは、眉をひそめた。
「何をぼうっとしているの? まさか、寝ぼけてるんじゃないでしょうね?」
 遠慮なく、私の額を、ぴしゃりと叩いてのけた。
「起きているとも!」
 私はあせったが、安心した。よかった、彼女は、今のを寝ぼけてる、と、受け取ったようだ。
 そして、叩かれて気付いた。
 手も、きれいになっている。
「手も治ったのだな。よかったな。爪もちゃんとしてるし、……よかったな」
 つい、感極まって涙声になった私に、魔法使いは、決まり悪そうにうなずいた。
「これが普通なの。傷なんてすぐに治るものなのよ。今回は、色々としくじったわ」
 そして、「あのクソジジイども、覚えてらっしゃい」、と小さくつぶやくと、底暗い笑みを浮かべた。恐ろしい。
「ま、まあ、今回は、本当に、色々と大変だったな」
 ひきつり気味にあいづちを打つと、彼女は適当にうなずいた。
「そうね。死ぬところだったわね」
 やはり他人事のように言う。
 私は立ち上がった。
「じゃあ、朝食を作るよ。君も、普通に食べられるのだろう?」
「勝手に作らせてもらったわ」
「え?」
 瞬いて、相手を見る。
「お口に合うかは、わからないけれど」
「大丈夫なのか?」
 私は彼女の体調のことを聞いたつもりだったが、
「失礼な坊ちゃんね」
 と、額を叩かれて、別の意味にも受け取れることに気付いた。つまり、「君の作った食事は大丈夫なのか」というふうに。
「違う。体調の方を聞いたのだ」
 ああ、と笑うと、私の額を軽く撫でた。
「見ての通り。快復したわ」
 本当に別人だ。
 銀かと思うほど眩しい白い肌は、全身血塗られていて、内部の激しい骨折と組織破壊でぼろぼろになっていたし。
 なめらかな曲線を描く手足も、どこが関節なのだと言う程折れ曲がっていたし。腹にいたっては、中身がこぼれていることもあった。
 金銀の、光の結晶のような髪など、血みどろで、もはや髪というより泥粘土のようで、べた付いた赤錆色の塊になっていた。
 彼女が、身を賭して父の命を救ったのだ。
「王の命を救ってくれて、ありがとう。魔法使いクリスティーナ。息子として礼を言うよ」
 部屋を出て行く彼女に、頭を下げた。
 振り返った彼女を、背後から朝日が照らす。なんて美しいのだろう。
「礼を言うことじゃないわ。こんなの通常業務よ」



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