「誰だって独りで生きているのよ。孤独なんて当たり前。それを、不幸だなんて勘違いするから、簡単に騙されて真珠になっちゃうのよ」
小さな魔法使いを抱えて、王宮魔法使いは、ニヤニヤ嗤う。
「みっともない。真珠になって。半身になって。しかもこのクソガキに凍らされているだなんて。恥もここまでかければ、逆に見事ね」
「黙りなさいよ」
師匠に背中を向けて立っていた弟子が振り返り、氷の瞳で睨んだ。
「皮がなければ狩れない。そして、皮はとうに逃げていた。師匠、貴方が最初に脅したからよ。……これは、貴方の失敗じゃなくて?」
背後を親指で指し示す。
河岸で氷付けになった魔女は、右半身。そして、彼女の表面は真珠だった。皮膚が無いのだ。
「それも含めて、あんたが任された仕事でしょうが。馬鹿弟子。探しなさい」
「けんかは良くないと思うの」
氷点下のなすり合いを、2歳の子どもがたしなめた。
「みんなで探せばいいと思うよ?」
クリスティーナは、こどもの頭を撫でてやった。
「そうね、賢いプリシラ。でも、この仕事は馬鹿弟子のものだから。馬鹿弟子が『おねえちやん』を探すのよ。お仕事って、そうなっているの。他人の仕事に手出し無用」
プリムラが「あら」と、冷たく切り返した。
「足を引っ張るのは、いいという訳なの?」
口答えされたクリスティーナの目が、殺気をおびた。
「どこまでも馬鹿ねえ。それは、師匠がありがたくも、仕事を作り上げてやっているということでしょ? 感謝して謙虚に慎ましくさっさと身を挺して、皮を探して来いと言っているのよ。自力で行けないというなら、特別に私が河底に沈めてやって、二度と浮かんでこなくしてもいいのよ?」
「けんか、止めて?」
プリシラが、あどけない声で、大人の小競り合いに割り入った。
プリムラを見る。
「おねえちゃん、私もさがそうか?」
健気な申し出に、金髪の魔法使いは肩をすくめた。
「いいのよ。あなたは師匠に抱かれてなさいな」
金銀の髪の魔法使いは「そうよ」と同意した。
「魔法使いだけど、小さな氷しか作れないでしょう。あなたの仕事は、ちゃんと食べて大きくなることなの」
「……」
プリシラは、二人の顔を交互に見た。
「でもね、お姉ちゃんとおばちゃん、」
師匠が、眉をひそめた。
「プリシラ。その前に、おばちゃんの言うことを、聞いてもらえるかしら?」
「なあに?」
「私のことも『お姉ちゃん』とお呼びなさい」
弟子が顔を曇らせた。
「ふざけるのも大概にして」
「やかましいわ。あんたのことはバカガキって呼ばせるわよ?」
プリシラは、二人の魔法使いを交互に見た。
「……。じゃあ、名前で呼べばいい?」
プリムラは、興味無さそうに、「別に。好きに呼べばいいわ」とつぶやいた。
クリスティーナは「賢い子ねえ」と、頭を撫でた。
手指が髪をすく感覚に、プリシラは目を細めて「クリスティーナ、大好き」と抱きつく。
それを、プリムラが、信じられないものを見る目で見ていた。
小さな魔法使いは、改めて言う。
「それで、クリスティーナと、プリムラ。私は、お姉ちゃんと友達だったの」
「そうね。知っているわよ」
「皮の方と友達だったの?」
プリムラの確認に、小さな魔法使いは、さみしそうな顔をした。
「そのときは一つだったわ。……中身と外身が違うだなんて、思わなかったの」
クリスティーナが、プリシラをあやすように揺すった。
「真珠になったら、魔女の性質が明確に分かれるのよ。多くの歪みや悪意が真珠になり、ほんの少しの善良が薄皮になる」
「うん……」
2歳の女の子は、うつむいた。
「わたしは、お姉ちゃんは逃げたんじゃない、と思うの」
プリシラは、上流にかかる橋の方向を見た。
「お姉ちゃんは、橋から飛び降りる時に、私に言ったの。『私のようにはならないで。こんなになっても、まだ信じる私のようにはならないで』って」
だから、と、プリシラはプリムラに言う。
「きっと、ずっと、信じて待ってるんだと思うの」
「誰を?」
|