「ローレライですって? ひねりも独創性もないわね」
弟子が明かした名前に、師匠は顔をしかめた。
「似たような寓話があったわねえ。それと同じ名前だなんて。がっかりだわ」
舌打ちまでした。
魔女を狩り終わったプリムラが、眉をひそめて立ち上がる。
「うるさいわね。その『彼』とやらが、その寓話から取って付けた名前なのだから、仕方がないわ」
「そんな彼に、おめでたくも名前を付けさせたのが、喜劇の始まりね」
師匠は鼻で嗤う。
プリシラが、見上げて呼びかけた。
「プリムラ、」
金髪の魔法使いの頭上には、星を広げた夜空がある。
「お姉ちゃんは、これからは、ずっと、そこにいるよね?」
「……」
魔法使いは、小さな魔法使いを、黙って見下ろすと、「ええ」とつぶやいて、光る金髪をそっとなでた。
プリシラはにっこり笑うと、プリムラに寄り添った。
「よかったね、お姉ちゃん。もう、寂しくないね」
「そうよ。これからは、『おねえちやん』もこのクソガキも、一緒くたに私が指導してやるから、ちっとも寂しくないわよ?」
不気味な響きを含んだ笑み混じりに言いながら、クリスティーナは、2歳の子を抱き上げると、「さあ、子供は寝る時間よ」と告げた。
しかし、
「ぐう」
と、音がした。
「……?」
プリシラが、自分の腹を見下ろして、首を傾げた。
「へんな音」
クリスティーナは、抱いた子を揺すった。
「それは、『お腹が空いた音』というのよ」
言って聞かせるが、プリシラは首を傾げたままだった。
「わかんない」
「そのうち慣れて、わかってくるわ」
「ふうん。クリスティーナは、いろんなことを知っているのね」
小さな魔法使いは、王宮魔法使いをつくづくと眺めた。
「そうよ? 沢山尊敬しなさい?」
にっこりと微笑み返されて、プリシラは嬉しそうに笑って抱きつく。
「うん! クリスティーナはすごいのね!」
聞いていた医師と弟子は、こいつにこの子の世話をまかせたらとんでもないことになる、と思ったのだが、……引き離すには、プリシラが彼女に懐きすぎていた。
その、子育てに悪影響を与えると思われている魔法使いは、小さな子にたずねた。
「何か食べたいものはない?」
「……たべたいのは、」
プリシラは、空を見上げた。
満月だ。
わたしが生まれた夜と、同じ。
この夜に、こんな素敵な魔法使いに会えて、よかった。
「たべたいのは、」
知恵の実。
「りんご。りんごが食べたい」
クリスティーナは、自宅の食糧事情をかんがみた。
「林檎は無いわね。どこかで手に入れなければ、」
それを聞いた医師が顔を輝かせた。院長からの無駄に大量のみやげが、こんなところで役に立つとは思わなかったからだ。
「うちにあるぞ! 売るほどある!」
量の多さから、そのように表現したのだが、聞いた魔法使いは、顔をしかめた。
「買わないわよ。頂戴」
「いや、もちろんそのつもりだよ?」
プリシラが、医師に銀の目を向ける。
きらきらと輝いていた。
「おじちゃんのおうちのりんごを、もらっていいの?」
「いいとも。好きなだけ食べていいよ?」
知恵の実を、好きなだけ、
「おじちゃん、好き」
可愛らしい小さな魔法使いから、にっこり笑われてそのように言われ、医師の顔はほころび、そして意気込んだ。
「そうかい!? じゃあ、早速うちにおいで!」
ぱっと両手を広げられて、プリシラは、医師の方に手を伸ばす。
「うん」
ところが、クリスティーナが、小さな子を離そうとはしなかった。
「……?」
プリシラは振り返り、大好きな魔法使いの顔を見た。
「だいじょうぶよ? クリスティーナも、一緒に行くのよ」
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