シンデレラ2 後日談3
axia 〜 天女降臨/魔女墜落 〜

すぎな之助(旧:歌帖楓月)

36 白雪姫の林檎

「おいしーい!」
 あのすりおろしを、この可愛い魔法使いは、諸手を上げて喜んで食した。
 クリスティーナが、小さな子を膝の上に乗せて、ガラス器を手に取り、くだんの林檎を、薬さじでもって食べさせている。
 私は、自分の夜食を食べながら、その光景を見ていた。
 まるで、母と子だ。
 ……私に妻子ができたようだ。
 かりそめだが、胸が熱くなった。
「ありがとうクリスティーナ!」
 もぐもぐと口を動かしながら、プリシラは振り返って感謝している。
「すごくおいしい! こんな林檎、初めて食べたわ」
「そうでしょうとも。私が、あなたのために丹精込めてこしらえたのだもの。食べて元気になりなさい? はい、あーん」
「あーん」
 小さな子は、もりもり食べる。
 その食べっぷりを見ていたら、おいしそうにみえてしまった。不覚にも。
「プリシラ、それは一体どんな味なんだい?」
 気になって聞くと、満足そうに目を細めて答えた。
「甘くって、しょっぱくて、酸っぱくて、辛くって、苦くって、おいしいの!」
「……そ、そうか」
 あの製造過程そのままの味のようだ。
 五味満足、というものか?
 ……りんごのすりおろしで?
 い、いやいや、私の小さな考えだ。そうだ。うむ、飢えた小さな子には、「おいしい」に違いないのだ。
 と、考えていたら、クリスティーナが、まじまじと、私を見ていた。彼女が持った薬さじの先には、小さな魔女が、釣果のようにぶら下がっている。
「なんだい? クリスティーナ」
「さっきから、ずっと百面相。ご苦労様で面白いことね。あなたが食べている訳じゃないのよ?」
 ガラス器が、差し出された。
「ちょっと食べてみる?」
「い、いや」
 慌てて首を振ると、魔法使いは、
「賢明ね。これは魔法使いのために調合したのだから、人が食べたら死ぬわ」
 と、悪びれもせず、正体を明らかにした。
「……そんなもの作ってたのか……」
 さっきは、媚薬の成分とどうのと言っていたくせに、やはり嘘だったのか。
 クリスティーナは肩をすくめて、「何を今更驚くの?」、と、呆れた。
「作る過程で見ていたでしょう? 物騒な蓋がついた、青や茶色の遮光の薬瓶を、いくつも。人が食べて差しつかえない物が、あんな容器に入っていると思う? あの系統の瓶なら、あなたのお仕事場の、薬剤師さんのところにもあるでしょう?」
「そりゃ、見たことはあるが、」
 と、私はうなずき、だが、反論した。
「魔法使いが調合すれば、まともな食物に変化するのではないか、と、思っていたのだ」
 魔法使いは機嫌よく笑った。
「毒と毒を混ぜて、まともな物に? ……そう。では、いつか、あなたの期待通りの物を、ご馳走してあげるわね?」
「謹んでお断りする」
 ん?
 ということは、
「それは……毒物、なの、か?」
「もちろんよ」
 おそるおそるの問いに、しゃあしゃあと答えられた。
「うわーっ!」
 私は急いで立ち上がり、この悪辣な魔法使いから、ガラス器をひったくった。手にとって近くで見てわかったが、これは実験用の特殊ガラス器だ。その道では有名な製造会社名が、側面に白文字で印字されている。ああ、だから、すくうのも薬さじだったのだ!
「この子に毒を食べさせるなっ! プリシラ、大丈夫かい!?」
 小さな魔法使いは、泣きそうな顔で私を見上げた。
「いじわるしないで。りんご、返してえ、」
 うっ、
 私は、良心の呵責を覚えたが、あわてて理性的に反論した。
「駄目駄目! これは体に良くないものだから、食べちゃ駄目!」
「ええええ」
 泣き出した。
 しかし、私は、この子のためを思ってしたことだから、何も悪くない。悪いのは、王宮魔法使いだ。
「過保護パパ、行き過ぎた愛情は、むしろ虐待よ?」
 銀の恐ろしい目で睨み上げて、魔法使いが立ち上がった。左手に泣きじゃくる女の子を抱えて。
「お返し」
 冷たい白い手が、私に差し向けられる。そのまま刺し殺されそうだ。
「わああーん、りんごー、かえしてえ、」
 子どもの哀れな泣き声と、「子どもの食べ物を取り上げて泣かすとは何事」と思ってしまう私の情け心が、一体となって、私を責める。
 しかし、私は、断固として、拒否した。
「嫌だ。返せというなら、まずは私にも納得できる理由を」
 述べてもらおうか? と言うつもりの所で、
 私の記憶は、途切れた。

「困った過保護パパよねえ」
 床にのびた医師を、冷たく見下ろして、クリスティーナは優雅に座りなおし、奪い返したガラス器に残っている林檎を、再び、膝上のプリシラに食べさせた。
「おいしいねえ」
 ふくふく笑って、さじが差し出される前に、ぱくりと食いつく。
「おいしいでしょう?」
 最後の一さじまで平らげて、輝く金髪の女の子は、たずねた。
「ごちそうさまー。このりんごは、なんていうりんごなの?」
 王宮魔法使いは、笑った。
「『白雪姫の林檎』、というのよ」
「……しらゆきひめの、りん、ご……」
 満足そうに微笑んで、プリシラは、目を閉じた。



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