シンデレラ2 後日談3
axia 〜 天女降臨/魔女墜落 〜

すぎな之助(旧:歌帖楓月)

37 ……自虐趣味が?

「冷えてもおいしいわね」
 静まりかえった室内で、魔法使いは、医師が作ってくれた夜食を食べる。
 足元には、医師が失神して転がっている。
 膝上では、小さな魔法使いが寝こけている。
 食べ終えても、二人は起きない。
「逆だったら、幸せかもしれないわねえ」
 二人を見下ろして、王宮魔法使いはつぶやいた。
 死ぬまで目を覚まさない自分。
 側には、愛した人と、未来ある魔法使いの子。
 私が死ぬ時は、同時に彼も死ぬ。隷属の魔法は、今も有効に作用している。彼の痛苦を請負って、彼の命を永らえさせて、自分は命尽きるまでただ眠り続ければいい。
 やがて私が死んだあとは、私の膝で眠っている、母から愛を受け継いだ『生粋の魔法使い』が、うまくやってくれるだろう。
 しかし、魔法使いは顔を曇らせた。
「……クソガキがいたのだったわ」
 プリムラ。
 まだ目が離せないのだった。
 おちおち寝てはいられない。
「厄介なガキ。石をやって子守をさせたら、落ち着くかしらねえ」
 膝上で、むにゃむにゃいいながら笑みを浮かべて、彼女の膝に頬ずりをするプリシラの頭をなでてやる。
「フロラも、こんな感じだったわねえ」
 継母に虐げられていた姪。夜に訪れて、添い寝をしてやると、こんなふうにすり寄ってきた。
「ううむ……」
 床上の医師が、うなりごえを上げた。
 魔法使いは、少し背をかがめて、彼を見下ろす。
「……」
 弟王子と同じ色の、紫の瞳が開いた。二人は似ているが、腕白で闊達な印象のある弟とは違い、怜悧さと、やはり「おぼっちゃん」な雰囲気が漂う。王族の高雅さは、兄の方が強かった。
「酷いじゃないか。どうして魔法を使わない」
 二度も殴って気絶させるなんて、と、恨み言を言う。
「だって、腹が立ったのですもの。二度も」
 魔法使いは悪びれずに答える。
「どこの不届き者が、こともあろうに王族を殴って失神させるというのだ」
「ここに座って、無様なあなたを見下している、王宮魔法使いのこの私が、あまりにも過保護なパパぶりに業を煮やしての鉄拳制裁、ということよ。おわかり?」
 医師は、みぞおちをさすりながら、問う。
「どんな林檎だったのだ?」
「どんなも何も。『白雪姫の林檎』と名前のついた、由緒正しい魔法よ」
 魔法使いは、険悪な目で見上げられた。
「ということは、やはり、毒林檎だな?」
「どうしてこうも単純なのかしら。カエルに変えて踏み潰してやりたいくらいだわ?」
「それは困る」
 痛いな、と、こぼしつつ、医師は身を起こし、ソファの下部を背あてに、床上に座り込んだ。
 その痛みは、ゆるゆると消えうせる。
 殴った本人が受けることになる。
 医師は、複雑な顔をして、魔法使いを見上げた。
「……自虐趣味が?」
 クリスティーナは嗤い返す。
「純粋に、あなたに対して憤った結果よ?」
 すぐに何か言おうとした医師は、しかし、口ごもり、3拍おいて言葉を組み立てた。
「まったく。なんと答えればいいのやら。それで、林檎の効果はなんなのだ?」



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