シンデレラ2 後日談3
axia 〜 天女降臨/魔女墜落 〜

すぎな之助(旧:歌帖楓月)

44 やくそく

「さて、行くわよ」
 小さな魔法使いを抱いたクリスティーナが、私に声を掛けた。
 同伴出勤するなんて、かつて想像もしなかったことだ。
 玄関にも朝日が射し込む。そこに立ち、笑顔で話す魔法使い達は、天女の母子のようだった。
「プリシラは、ママが退院するまで、私の所に居なさい」
「うん! ありがとう、クリスティーナ!」
 退院するまで、私の所で三人で暮らさないかと言いたいが。
 そういう訳にはいかない。
 ……間違いを犯しそうになるから。
「プリシラ、あなたのパパにお礼を言いなさい」
「うん!」
 きらきらと微笑んで、プリシラは私に頭を下げた。
「リンゴをありがとう。ママを助けてくれてありがとう! このご恩は一生わすれません」
「そんな大したことではないよ……痛っ!」
 目を三角にしたクリスティーナが、私の頬をつねった。
「その返事の仕方、是非とも改めていただきたいわね。『どういたしまして』で結構よ」
 その言葉に私がどれだけ苦労させられたと思っているの? と、恨みのこもった目で睨まれた。
「君にではない。プリシラに言っているのだ」
「私は、あなたがする返答について言っているのよ。いいこと? 『ありがとう』の返事は、必ず『どういたしまして』にしなさい」
「命令する気か」
「そうよ。言うことを聞かないと、林檎に化かしてプリシラに食べさせるわよ」
 わぁい、と、空色の髪の可愛い子が歓声を上げた。
「パパがリンゴになってくれるの!?」
 心から喜んでいた。
 この子だって、魔法使いだ。
 だから、本気だ。
「ひ、」
 私の口から、乾いた悲鳴が漏れ出て避難して行った。
 後を追うように、クリスティーナが鋭く問い詰める。
「言うことを、聞くの聞かないの?」
 私は、私の目がおののいて揺らぎ、口が勝手に「聞きます」と言い出すのを、止められなかった。
 それを見届けた上で、クリスティーナはつまらなさそうに言う。
「プリシラ。残念だけれど、パパは林檎にならないそうよ」
「なんだぁ……」
 小さな魔法使いのしょげた顔を見ると、つい「いやいや、なるとも。林檎に」と言って喜ばせたくなるが。いやいやいや、情にほだされてはいけない。
 命懸けだ。
「パパ」
 そんなプリシラがにっこり微笑みかけた。
「ん? なんだい?」
「パパがりんごになりたいときには、わたしに言ってね?」
「……」
 私は言葉を失う。
「ホホホホホ!」
 愛らしい魔法使いを抱いたクリスティーナが身をよじって笑った。
「笑うなよ! 人の命が懸かっているというのに!」
「いいではないの。プリシラは、必ずあなたを大切に食べてくれるでしょう」
「うん。やくそく」
「いや困るから」
「だいじょうぶだよ」
 小さな魔法使いは、いやにはっきりと言い切った。
「そのときがきたら、かならずそうするから」
 ……どういう意味だろう?



←戻る ■ 次へ→

inserted by FC2 system