「さて、行くわよ」
小さな魔法使いを抱いたクリスティーナが、私に声を掛けた。
同伴出勤するなんて、かつて想像もしなかったことだ。
玄関にも朝日が射し込む。そこに立ち、笑顔で話す魔法使い達は、天女の母子のようだった。
「プリシラは、ママが退院するまで、私の所に居なさい」
「うん! ありがとう、クリスティーナ!」
退院するまで、私の所で三人で暮らさないかと言いたいが。
そういう訳にはいかない。
……間違いを犯しそうになるから。
「プリシラ、あなたのパパにお礼を言いなさい」
「うん!」
きらきらと微笑んで、プリシラは私に頭を下げた。
「リンゴをありがとう。ママを助けてくれてありがとう! このご恩は一生わすれません」
「そんな大したことではないよ……痛っ!」
目を三角にしたクリスティーナが、私の頬をつねった。
「その返事の仕方、是非とも改めていただきたいわね。『どういたしまして』で結構よ」
その言葉に私がどれだけ苦労させられたと思っているの? と、恨みのこもった目で睨まれた。
「君にではない。プリシラに言っているのだ」
「私は、あなたがする返答について言っているのよ。いいこと? 『ありがとう』の返事は、必ず『どういたしまして』にしなさい」
「命令する気か」
「そうよ。言うことを聞かないと、林檎に化かしてプリシラに食べさせるわよ」
わぁい、と、空色の髪の可愛い子が歓声を上げた。
「パパがリンゴになってくれるの!?」
心から喜んでいた。
この子だって、魔法使いだ。
だから、本気だ。
「ひ、」
私の口から、乾いた悲鳴が漏れ出て避難して行った。
後を追うように、クリスティーナが鋭く問い詰める。
「言うことを、聞くの聞かないの?」
私は、私の目がおののいて揺らぎ、口が勝手に「聞きます」と言い出すのを、止められなかった。
それを見届けた上で、クリスティーナはつまらなさそうに言う。
「プリシラ。残念だけれど、パパは林檎にならないそうよ」
「なんだぁ……」
小さな魔法使いのしょげた顔を見ると、つい「いやいや、なるとも。林檎に」と言って喜ばせたくなるが。いやいやいや、情にほだされてはいけない。
命懸けだ。
「パパ」
そんなプリシラがにっこり微笑みかけた。
「ん? なんだい?」
「パパがりんごになりたいときには、わたしに言ってね?」
「……」
私は言葉を失う。
「ホホホホホ!」
愛らしい魔法使いを抱いたクリスティーナが身をよじって笑った。
「笑うなよ! 人の命が懸かっているというのに!」
「いいではないの。プリシラは、必ずあなたを大切に食べてくれるでしょう」
「うん。やくそく」
「いや困るから」
「だいじょうぶだよ」
小さな魔法使いは、いやにはっきりと言い切った。
「そのときがきたら、かならずそうするから」
……どういう意味だろう?
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