シンデレラ2 後日談3
axia 〜 天女降臨/魔女墜落 〜

すぎな之助(旧:歌帖楓月)

45 休日の終わり

「どういう意味だ?」
 夕刻前。
 休日の日中を丘の上で楽しく過ごしたファウナ王子夫妻が帰宅すると、王宮付きの魔法使いが二人も待ち構えていた。
 一人で十二分だというのに、二人も。
 そして、王子に向かって、ある言葉を申し上げたのだが。
 意味不明だった。
 ファウナ王子は、背後に妻を庇って、恐ろしい魔法使い達と対峙した。
「もう一度言ってくれないか。クリスティーナ。今、なんと言ったのだ?」
 すると、魔法使いはにっこりと笑い返した。そして、よどみなく言った。
「幸せ呆けで聴覚まで駄目になってしまったのかしら。まったく、嘆かわしい事態だこと。こんな夫と添い遂げるというのも酷な話ですから、フロラは私が引き取りましょう。お返しくださいな?」
「私の問いに答えもせずに、自分勝手に話を転がすな」
 王子は眉をひそめて言うと、鋭い視線で、「もういい、」と、クリスティーナを威嚇しておいて、彼女の後ろに三歩下がって立っている弟子のプリムラに声を掛けた。
「プリムラ。済まないけれど、教えてくれ。君の師匠は、今、何と言ったんだろうか?」
「……」
 しかし、弟子は口をつぐんだままで、何も言おうとしない。
 答えたくない、という様子ではない。
 プリムラは、いつもの無表情とは違う意味で、表情を無くしていた。
 クリスティーナは、こう言っていた。
『おめでとうございます王子。この石をお贈りいたしますので、今後ともよろしく。これからは、わたくしたちが始終ご自宅にお邪魔して子守いたしますからね? ホホホホホ』
 子守、と、言った言葉を、プリムラは確かに聞き、また、今朝方、大師匠から聞いたこと、そしてこれまでに得た断片的な情報を繋ぎ合わせて、一つの推測を得てしまった。
 だから、顔色と言葉を失った。
「クリスティーナさん、」
 王子の後ろから、魔法使い達に愛されている姪が、顔を出した。
「どういうことなの? 私も、よくわからなくて」
「フフフ。そう。では、フロラのためだけに、わかりやすく言ってあげるわね」
 クリスティーナは上々の笑みを浮かべてフロラを見つめ、背後の弟子をあざ笑い、そして、王子に意味深な笑みを寄越すと、手に持った宝玉を恭しく捧げ持って答えた。
「ファウナス王子のお妃様におかれましては、御懐妊の兆候がございます。これなる桜色の宝玉は、やがてお生まれになる親王様の護り石にございます」
「!」
 聞いたフロラの頬が、護り石のような薄紅色に染まった。
「ほんとうかッ?!」
 ファウナ王子が、朝日のように笑った。
「……」
 ふたりの、子ども……。
 プリムラが表情をかげらせた。しかし、一瞬の後に、師匠に首根っこを捕まれて、前に引き出された。
「ちょっと、なにを、」
 体勢を崩して文句を言う金の髪の魔法使いには構わず、クリスティーナは鮮やかに言ってのける。
「やがておいでになる親王様付の魔法使いとして、これなるプリムラをお付けいたします。どうぞ、心ゆくまで、縦横無尽にこき使ってやってくださいませ」
「!」
 地面に膝を付く格好となったプリムラは、師匠の言葉に驚いて、彼女を見上げた。
 弟子と瞳を交わしたクリスティーナは、護り石を彼女に押し付けて、不機嫌に命じた。
「私を見る必要なんかないでしょ? さっさとご夫妻に挨拶なさい」
「プリムラ!」
 今日を好日にした太陽のように明るい声が、魔法使いに降りかかった。
 フロラが目の前にいて、笑いかけたのだ。
「これからは、そばにいてくれるのね?」
 それを聞いたプリムラは、心に浮かんだ言葉とは別の、礼法上の言葉を、先に押し出した。
「はい。親王様付きの魔法使いとなった以上は、このプリムラ、身命に懸けてお護り申し上げます」
 魔法使いが懸想して止まない妃が、嬉しそうに微笑を浮かべる。
「ありがとう、プリムラ」
 そして、腹に手を当てて、なんともいえない良い顔で笑った。
「私に、赤ちゃんが、できたのね」
「……」
 その姿を眩しそうに見つめ、ようやく、魔法使いは笑うことができた。
「おめでとう。フロラ」
 一方、その二人の姿を、なんともいえない複雑な表情で見つめて立ち尽くす王子に、クリスティーナは心の底から嗤いかけた。
「この度はおめでとうございます、王子。これからは、貴方様付きを命ぜられております私クリスティーナも、心置きなく、朝夕を問わず、いつでも堂々と、貴方様の御宅にお邪魔できるというものですわ」
「!」
 王子は、まるで、ツバメが、自分の巣を狙う蛇を見つけたような気持ちになった。
「来るなっ。お前は来るな。幸せな我が家に、暗雲が立ち込める」
 金銀の髪の魔法使いは、しみじみとうなずいた。
「ええ、ええ。わかっておりますとも。あなた様のご本心は。何せ、生まれてすぐからのお付き合い、で、ございますものねえ。それではお言葉に甘えて、夜昼となく入り浸りますので、どうぞ今後ともよろしく」
「そうだよな。私とお前とは、こんなに長く付き合ってるのだから、私がどれだけ嫌がってるかなんて、手に取るようにわかるよな」
「それはもう、自分の手足のように、で、ございますよ? ホホホ」
「この陰険魔法使い! お前なんかっ……、」
 思わず声を荒げる王子に、魔法使いは嬉しそうに嗤う。
「あらあら。ファウナ王子、愛しい私といついつまでも話し続けたい気持ちは、よぉくわかりますけれど。……フロラとうちのクソガキを、これ以上二人きりで話させておきますと、いくらあなたが寛大であっても、そのうちに、うちの弟子が、親王様に自分のことを『パパ』と呼ばせたがるかもしれなくなりましてよ? さっさとあの二人の邪魔をなさったら如何?」
「ええッ!?」
 顔色を変えた王子に、師匠の言葉を聞きつけた弟子が、即座に否定した。
「しないわよ!」
 はぁ、と、クリスティーナは暗くため息をついて首を振った。
「さあ、どうだかねえ。そこの所は、いくら偉大なお師匠様であっても、冗談でもそうとは言えないところなのよねえ。これ以上無いほどに不安だわ……。ええ、本心から」
 王子の疑心を煽るような師匠の底暗い表情に、プリムラは氷の視線を突き刺した。
「それ以上、訳のわからないことを言うと、凍らせるわよ?」
 師匠は鼻で嗤って受け流す。
「ふうん。この完璧なる師匠に楯突けるとでも思っているの? この未熟者のクソガキが」
 暗く冷たい魔法使い師弟の小競り合いは放置することにして、王子は、ようやく、妻に声を掛けることができた。
「フロラ! 僕たち、お母さんとお父さんになれるんだね!」
 涙に潤んだ青い青い瞳で、フロラはうなずく。
「うん。ファウナと私の子どもだよ。……うれしい、」
「フロラ、」
 王子は愛妻を抱き寄せた。そして至福を噛み締めた。
「……」
 二人を見つめるプリムラは、一度目を伏せたが、やがて微笑んだ。
 彼らを見まもるクリスティーナは、優しげに笑った。
 誰も、見ていなかったけれど。



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