シンデレラ2 後日談3
axia 〜 天女降臨/魔女墜落 〜

すぎな之助(旧:歌帖楓月)

47 夕暮れ

 そして。
 ある日の夕方。
 優しい薄紅の空の下で、大河は、昔と変わらず青緑の水を海へと送り続けていた。
 魔法使いは、王宮から河へ続く石の階段を降りる。
「よう。プリムラ姉さん。ようやく逢えた。やっと追いついたよ」
「……あなたに姉さん呼ばわりされたくはないわ」
 付きまとう男の魔法使いに、氷の一瞥をくれて、船着場に向かう。
「毎日毎日、律儀だねえ」
「着いて来ないで」
「ハハ。俺は今日は舟で来た。だから、図らずも同じ方向、と言う訳だ」
「……」
 魔法使いは眉をひそめて、男に道をゆずった。大人が三人は横に並べる広さの階段であるので、そもそも、男が後ろから着いてくること自体が意図的な行動なのだ。
「先に行きなさい。あなたの大切な『お坊ちゃん』によろしくね」
 氷温の銀の瞳に射すくめられて、魔法使いの男は、青い色付き眼鏡の奥の、彼女と同色であるはずのそれを大仰に見開いてみせた。
「おお怖! 冷たい姉さんの中のローレライちゃんは、すると、まだ怒っているのかい?」
「あなたに話すべきことではないわ」
「俺は坊ちゃんのお付きだぜ?」
「では言い方を変える。あなたと話したくない。これでわかった? さっさとお帰り」
 冷酷で居丈高な物言いに、しかし男は満足そうに目を細めた。
「それでこそ姉さん方だ。しびれるね」
 プリムラは舌打ちした。
 男は片頬で笑った。凍りかけた左手を振って、霜を落とす。
「はいはい。それではお先に失礼させていただきます。俺も命は大切にしたいんでね。姉さん、いい夢を」
 食えない男の魔法使いは、軽口を叩きながらも、舟を自在に操って、岸を離れていく。

 石造りの、大きな大きな橋の下で。
 祖父の漕ぐ舟に乗った男の子が、今日も王宮の船着場に来た。
 そこに、魔法使いが待っている。
 男の子に歌を唄ってあげるために。
「こんばんは、お姉ちゃん」
 脚の不自由な男の子は舟のへさき付近に座って、一生懸命に身を乗り出した。
 櫂を握った老人が素朴な笑みを浮かべた。
「こんばんは、今日も来たよ」
「こんばんは」
 プリムラは二人に返事をして、優雅に腰を下ろす。
 歌唄いの魔女を内に宿した魔法使いと、彼女の妹の父と、彼の孫。夕暮れが彼らを包み、彼女の継妹の父が遺した子守唄と大河が、時と共に流れていく。



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