「ククククリスティーナ、よよよよくまいったな」
「クリスティーナでございます。私は、あなた様がおっしゃるような、『ククククリスティーナ』という名前では、ありませんわ? 大変、王様は、人違いをなさっておいでなのね。私は、失礼しようかしら」
王宮の最北に、王の謁見の間はある。
会うやいなや、一国の主と、彼が従える魔法使いとは、緊迫度が隔たる挨拶をかわした。
かたや、大いに震えて姿勢が定まらず、玉座からずるりと滑り落ちそうなていたらく。周りにぐるりと立つ、いつもより大勢取り揃えた侍従らがいなければ、そのまま逃げ出すかもしれない。それほどのおびえぶり。
かたや、艶然と微笑んで、示威的に胸をそらし、玉座を前にひざまずきもせず、腕組みをする。ともすれば、彼女が真の帝王なのかと誤解しそうな傲慢さ。
「じょ、じょ、じょ、冗談が、うまいな。ク、ク、クリスティーナ」
王の声は、高く軽く裏返り、威厳のかけらすら、哀れ、粉みじんになっている。
その、みっともない声を耳に入れた途端、クリスティーナは、ひどく嬉しそうな笑いを浮かべた。
「ホホホ。ええ、本気ですわ? 失礼します」
魔法使いは、何のためらいも未練もなく、身を翻す。洗練された優雅さと、生来の底意地の悪さで。
「では、ごきげんよう」
「ままっまま、まま待て! う!?」
王が、玉座から、為すすべもなく転げ落ちた。
すでに、腰が抜けていたらしく、一人では立ち上がれず、足を投げ出したままで、すんとも動かない。
「待て、待ってくれ! ここ、これ、誰か! クククリスティーナを止めよ! いや、私を起き上がらせる手伝いなど、不要だから!」
ぜったいに行かせるなー! と、王は、命綱を奪われたような悲痛な叫びを上げる。
それを見計らったかのように、玉座の右奥の深紅の帳が、さあっと鮮やかに開いた。
「まあ、どうなさったの? 何の騒ぎかしら?」
おっとりと微笑む、初老の女性が、立っていた。さや、と、音をたてる薄紫の絹のドレスを着て、左右に二人ずつ、中年の、しとやかな侍女を従えて。
「王、いかがなされましたの? 誰か、王を玉座へ戻し申し上げて」
妻の采配に、夫は慌てて答えた。
「いや。それは、今断ったところなのだ。それより、ククククリスティーナ」
「クリスティーナのことですか?」
王は大きくうなずく。
「そう、それが先なのだ! 止めよ! なんとしても、行かせてはならぬ! 行かせてはならぬのだ!」
しかし、王妃は、ホホホと上品に笑って返す。
「王。クリスティーナは、あの通り、一人で立っておりますし、ちゃんと歩けますよ? 介助が必要なのは、貴方でございます。まったく、とんだ怖がり屋さん」
「そうでなく! 行かせるな!」
「では、おおせのままに」
王妃は、請け負って微笑んだ。
「クリスティーナ。戻ってきて、話を聞きなさい」
その声に、えぐい性根の魔法使いは、振り返り、やんわりと、真綿で相手を絞め殺すように、微笑んだ。
「あら、私でよろしいの?」
王妃は、夫が、きっちり玉座に戻されて、形なりとも威厳を取り戻したのを確認すると、好意的な笑みを穏やかに浮かべて、うなずいた。
「そうですとも。王は貴方を呼んだのですよ。魔法使いクリスティーナ」
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