シンデレラ2 後日談3
axia 〜 天女降臨/魔女墜落 〜

すぎな之助(旧:歌帖楓月)

8 帰らないの?

「王に会ってきた。これから、魔法使いを、河の調査に出すって」
「俺たちの作業の方は?」
「調査結果待ちになった。だから、それまでは中断だ」
 謁見の間から、やや足取り軽く戻ってきた王子は、同僚にそう報告した。
「……やった。休める」
 皆、力弱くつぶやくと、机につっぷした。中には、わざわざ、設計図を目に見えないように、きちんと折りたたんでから、顔を伏せる者もいる。
 侍従長が、本当にぎりぎりのぎりぎりで、クリスティーナのことを伝えにきた。『減らず口のクリスティーナと名前負けのプリムラが、王子を楽しい目に遭わせるつもりで王に謁見に参りましたよ。フォッフォッフォ』と。間一髪だった。まるで、見計らったような時機であったので、王子は、侍従長が、わざと報告を遅らせていたのではないか、と、すら思う。魔法使いである彼ならば、やりかねないのだ。
「ということで、」
 技師長が立ち上がり、半ば閉じかけた瞳を、疲労困ぱいの笑みに細めて、寝ぼけた声で、ぼそぼそと言った。
「今日は、解、散。おやすみ、皆……」
 お疲れ様ではなく、おやすみ、と。
「おやすみなさい……」
 皆、机にふせって、そのまま、ぐったりと、眠りに落ちた。
 そんな中、王子だけは、何とか、誘惑に耐えていた。
「帰らなきゃ」
 フロラが、待ってるんだ。
 まるで、酔ったように、おぼつかない足取りで、ファウナ王子は、部屋を出た。
「帰ら、なきゃ」
 フロラが、一人で待ってるんだから。
 夫婦二人、水入らずの新居で。
 あと、どれくらいの間、邪魔が入らないでいられるか、わからないのだから。
 ……。
 そう考えることに、力をすべて注いでしまったらしく、王子は、睡魔に負けて、いつのまにか、床に座りこんで、こっくりこっくりと、船をこぎはじめた。
 そこに。
「何してるの?」
 やや低めの、若い女性の声が、掛けられた。
 プリムラだった。
「帰らないの?」
 不機嫌な顔をして、彼女は、王子のそばに、膝をついた。
 やすらかな寝息が、聞こえてきた。
 プリムラは、眉をひそめて、肩をすくめた。
「ファウナス王子。起きなさい。早くしないと、あなたの『天敵』が来るわよ?」
 寝息は途切れない。
 プリムラは、左手に握っている、「あやしげな石」で、彼をぶって、たたき起こしてやろうかと思った。疲れているのはわかるが、こんな所で寝こけているのが、腹立たしかったからだ。
 ……家で、フロラに待ってもらってるくせに。うらめしい。
「起きなさい、ファウナ王子」
「ん?」
 殺気を察したのか、王子は、薄目を開けた。
 そして、次に、不可思議な行動をしてのけた。
 ファウナ王子は、夢見心地で、ぼんやりと笑って、プリムラが持っている石に、頬ずりしたのだ。
 プリムラは、思い切り眉をひそめた。眉間に、深いしわが寄るくらいに。
 何のつもりなの? 彼は。
「起きて」
 プリムラは、右手で、ファウナ王子の頭髪を荒くなでる。
「!」
 ようやっと、王子の目が、はっきり開いた。
 プリムラの、声と姿が、耳と目に入り、驚いた王子は声を上げた。
「え、プリムラ? どうして?」
「帰らないの?」
 返事もないまま、逆に問われて、王子は、めんくらう。
「え?」
「帰らないのかと聞いているの。こんな所で寝ていても、」
 プリムラは、酷く不快そうに、言葉を続ける。
「師匠に見つかって、さらわれるだけよ?」
「!」
 王子は、顔色を変えて、飛び上がった。
「不覚だった!」
「家に帰るのでしょう?」
 三度目の問いかけだ。
「?」
 王子は、プリムラを見た。きょとんとしていた。
「そう、だけど?」
 プリムラは、無言で、右手を差し出した。
 王子は、プリムラを見た。手の意味を量りかねて、怪訝そうに。
 まさか、連れて帰ってくれるのだろうか? 魔法で。
 くどく聞くことを、この魔法使いは嫌う。いや、彼女の師匠は、それ以上にだが。
 王子は、問う代わりに、その、白い冷たい手を、握ることにした。

 妻の義姉は、家の前に彼を運ぶと、「さよなら」と言ってすぐに去ろうとする。
「ありがとう!」
 すみやかに消えてしまう魔法使いプリムラに、王子は、急いで感謝の言葉を伝える。
 一瞬、王子を見た彼女は、あいかわらずの無表情だったが。心なしか、笑っているようにも、見えた。



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