「兄さん」
時計室の扉の前で、ファウナ王子は兄に会った。
兄は、王族としての地位を捨てて、王立病院で医師をしている。
「ファウナじゃないか」
兄弟は、お互いに不思議そうな顔をした。
「どうしたんだ? こんな早くに」
「兄さんこそ」
まず王子が答えた。朝だというのに元気が無かった。
「僕は……、歯車の調子を見に来たんだ」
弟の様子を不審に思いながらも、今度は兄が答えた。
「そうか。私は当直明けだ。差し入れにケーキをもらったので、クリスティーナにでもやろうかと思って」
「え?」
王子は少し目を見開いた。
「クリスティーナなら、今日は来ないよ?」
「なに? 本当か?」
兄は瞬いた。
王子は意外そうな顔をした。
「知らなかったの? 昨日から、王宮の外でプリムラをいびり……もとい、修行させてるんだ」
「そうだったのか。仕事が忙しくて、しばらくクリスティーナに会わなかったからな」
兄は、苦い顔になった。
「弱ったな」
そして、紙袋を持ち上げた。
袋の中身と、もらった経緯を話して、医師は渋い顔をする。
「どうしようか。家に持ち帰ってもな……」
弟は助け舟を出した。
「フローレンスとなら午後から大学で会うけど。彼女を通して渡そうか? 時間がかかるけど、それでよければ」
「そうか」
弟の申し出に、兄はほっとして微笑んだ。
「では、お願いしよう。皆で食べてくれと伝えてもらえるか?」
「わかった」
兄弟は、そこで別れた。
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