侍従を呼んでケーキの入った袋を預けると、王子は時計室に入った。
そこでは、沢山の歯車が音も無く回っている。
「教授……」
王子はつぶやいた。
上を見る。
天井は無い。森のこずえのように、歯車がひしめいている。
これらが、王宮の心臓と脳の役目を果たしていた。
今は亡きカールラシェル教授の作品。
そして彼は、フローレンスの父だった。
「フローレンスは、幸せそうですよ」
王子は、そっと微笑みながら、歯車たちに語りかけた。
「今は大学に通っています。あなたのしていた研究を継ぐべく」
大学でいきいきと勉学に励むフローレンスの姿を脳裏に浮かべた。
不幸だった乙女が夢を得られた。よかったと思う。でも、同時に切なくもあった。彼女の興味は、研究それのみに向けられているようだったから。
王子はフローレンスに想いをよせていた。
だが、彼はそれを相手に伝えたことはなかった。
なぜか? 言うに忍びなかったからだ。驚かせるのが可哀想で。
彼女にとっての王子とは、幼少を共に過ごしたたった一人の友、友人なのだ。
その後の、彼女の少女時代は、無いに等しい。
フロラは、彼女の父が死んで一〇年もの間、継母に酷い仕打ちを受けてきた。城の中に閉じ込められ、外から完全に隔絶されて。辛い灰色の城で、父の遺言だけを頼りに生きてきた。
自由になれたのは、つい最近になってから。成人を目前にひかえてから。
ようやく、普通に生きられるようになった。好きなことができるようになった。好きなこととは、学問をして父の後を継ぐこと。
はあ、と、王子は重い息をつく。
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