シンデレラ2 後日談

すぎな之助(旧:歌帖楓月)

123 父のいる部屋

 工学部棟の出入り口で先輩と別れたフロラは、王宮に向かった。
 広場を横切り、王宮の敷地に入って、大広間の隣にある時計室の入り口に来た。
 鉄の扉は施錠されている。
 フロラは、服の下に隠している、首に掛けた金のペンダントを引き出した。
 それには鳩の紋章の金細工と、金の小さな鍵がついていた。鍵にも金の鳩の紋章がある。金細工にも鍵の方にも、鳩の目には、フロラの瞳の色と同じくらい青いサファイアがはめ込まれている。この金の鳩は王宮の紋章だった。鍵は亡き父から託され、金細工は王子がくれた。
 フロラは、時計室の扉を開けた。
 静かだった。
 部屋の上部では、沢山の歯車が、音もなく回っている。
「ただいま。父様」
 微笑んでつぶやき、歯車を見上げた。部屋の中央にある金属製の簡易な階段を登り、歯車のこずえの中に入っていく。
 王宮を守る数多の歯車の調子を見ながら、フロラは階段をのぼっていく。これら一つ一つが、父の手によって作られたもの。これら一つ一つが、元気で楽しそうだった父の姿を思い出させてくれる。
 王宮が建設されるとき、父はほとんど毎日、幼いフロラを連れて、ここを訪れた。
 行き帰りは父に抱き上げられ、王宮ではファウナス王子と外を駆け回ったり父の話を聞いたり。
 この部屋には、楽しい思い出しかない。
 悲しみに満ちたあの灰色の城は、もうない。父の最期も、孤独な十年も、心の中に記憶として残るだけだった。そして、それらの悲しさも辛さも、城から助け出されて、この時計室に案内され、今のように階段を登って歯車を見つめるうちに、朝日を浴びた夜霧のように消えた。これまでの苦労は、楽しい記憶が詰まった時計室に来るため、父の愛情が待つこの部屋に来るためだったのだ、と思えたから。
 ここには父がいる。フロラを育て、守った父が。
 やがて、階段が終わり、目の前には大きな一つの歯車が現れる。フロラが両手を広げたくらいの大きさの、一年に一つのかみ合わせ分だけ動く歯車が。
 娘は最後の段に腰掛けて、最後の歯車を見上げる。
 フロラは、毎日行う調整作業の終わりに、必ずここで、一日にあったことを話す。
 いつもなら、歯車を見上げたままで、優しい微笑みを浮かべながら静かに話す。それが、今日は違った。
「父様、あのね、私……ファウナ王子と」
 フロラは、そっとうつむいて、頬を赤く染めながら、ささやく。
 父に内緒話をするように。
 大きな歯車は、父のように穏やかに、話を聞いた。



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