「ホホホホホホホ!」
魔法使いの笑い声は、部屋の外まで響き渡った。
「笑うなよ」
医師はむっとした顔で、そうこぼす。
魔法使いクリスティーナは、腹を抱え、床に膝をついて笑い続ける。
「だって、ホホホホホホ! あなたみたいな真面目な坊ちゃんが、こともあろうに、媚薬……!」
医師は、遠慮なく笑う相手に渋い顔を向けたまま、椅子から立ち上がった。
魔法使いの方に歩いていく。
クリスティーナは、近づいてくる気配に、笑いながら顔を上げた。
「ホホホホホ! それでお医者様、一体誰に使うのでしょう?」
医師は腰に両手を当てて、気分を害したように顔をしかめながら、魔法使いを見下ろして答えた。
「あなたにだ」
魔法使いは、目を見開いて、もっと笑った。
「ホホホホホホホホ!」
医師は顔を真っ赤にして言う。
「笑うなよ!」
「笑わずにいられないわ! ホホホホホ!」
クリスティーナは、ふたたび、身を折って笑い始める。
「クリスティーナ!」
声を荒げてはみたものの、笑い声を抑止するだけの威力はないことは、医師にもわかっていた。
魔法使いは、笑いで目に涙を浮かべながら、医師を見上げて言う。
「面白い人ねえ。本人に注文するの?」
医師はむくれ顔で答える。
「国一の魔法使いに効く媚薬は、本人にしか作れないだろう?」
「使用目的を正直に話すのも、笑えるところね?」
「嘘をついたら後でどんな目に遭わされるかわからないからな。それに、……嘘はつきたくない」
その言葉を聞いた魔法使いは、三たび、腹を抱えて笑い始めた。
「ホホホホホホホ! なんて正直な方なの!」
「笑うな! 腹の立つ魔法使いだな!」
「魔法使いはこれが普通なのよ? ホホホホ!」
しこたま笑い倒して、クリスティーナは立ち上がった。
気分を害した医師の目を、からかうように見つめて、言った。
「残念だけど、私たちには効かないわ。傾国の美女が薬に参ってたんじゃ、話にならないでしょ?」
端整な男は肩を落とした。
「そうなのか……」
美女は肩をすくめて、それでも笑っている。
「そうよ? 熱烈に愛されてるのに申し訳ないけど」
最後の言葉を聞くやいなや、医師は、真っ赤になった。
「ばっ、馬鹿、誰がお前なんか……」
魔法使いは眉を上げて、そして嗤った。
「違うの?」
医師と魔法使いとは、同じくらいの背丈。クリスティーナは目線を上げも下げもせずに、医師の瞳をじっと見つめて、笑った。
「じゃ、どうして?」
銀色の視線から最初は逃げ、やがて怒ったような顔をしておずおずと見つめ返し、真面目な顔になって、医師は答えた。
「愛している」
魔法使いは、微笑んだ。
「それなら、聞かなかったことにしてあげるわ」
医師は、砂漠の遭難者が逃げ水を追うような顔になった。
「クリスティーナ……!」
国一の魔法使いは、医師のそばから一歩身を引いて、艶然と笑う。
「ご存じないの? 坊ちゃん。過去のありがたい教訓から、現在では、私のような魔法使いと王族とは結ばれてはいけないことになっているのよ?」
医師は踏み出した。
「そんなことは知っている! だから、私はもう王族ではないだろう?」
「いいえ」
クリスティーナは首を傾げて優雅に笑う。
「あなたの体には、王族の血が流れている。私は、王位継承についての話をしているのではないの。血肉の話もしているのよ。王族の血に私の血を混ぜるわけにはいかないでしょう? 魔王を作りたい?」
医師は唇をかんだ。言葉もない。
魔法使いは嗤う。
「どうしようかしら? 想いを聞いてしまった以上は、私はあなたを苛めに来られなくなる。それは、……少し残念ね」
医師は、相手の顔を、じっと見つめた。全ての始まりのような希望と、全ての終わりのような絶望があった。
魔法使いはただ嗤って見ている。
愛の言葉の代わりに、医師は言った。
「忘れてくれ」
医師は席に戻り、魔法使いは少し離れたところに立っている。
「いつまで、こうして来てくれる?」
医学書に目を落としたまま、医師はつぶやいた。
クリスティーナは嗤う。
「そうね。あなたが、これはという女性を見つけるまでね」
「……見つけない」
「そんな可愛らしいこと言ったら、二度とあなたの目の前には現れないわよ?」
「冗談に決まってるだろう」
医師は、魔法使いを見つめた。
「二度と言うか」
|