シンデレラ2 後日談

すぎな之助(旧:歌帖楓月)

126 プリムラの微笑み

「ただいま」
 日が西に傾きかけたころ。
 帰ってきたフロラは、まず目と耳を疑った。
「お帰りなさいませ」
 プリムラが玄関に立って、丁重に礼をして迎えてくれたからだった。
 驚きのあまり、フロラは後ずさり、閉まった扉に背中が当たって鈍い音を立てた。
「いかがなさいました? フローレンス様」
 プリムラは顔を上げて、氷の花のように笑った。
 プリムラが笑った。
 フロラは、厳冬の凍てつく風に吹かれたように、顔色を失った。
「……どうしたの……? プリムラ……」
 そして、ぎこちなく問いを続ける。
「クリスティーナさんに、何か、された?」
 様子がおかしすぎる。納得できる理由を聞かないことには家には上がれない、とすら思った。
 果たして、プリムラは首を振って否定した。
「いいえ」
「では、どうして?」
 魔法使いは、白金の乙女に嗤いかける。
「師匠であるクリスティーナ様がおっしゃいました。わたくしは、もう魔女ではなく魔法使いだと」
「……本当!?」
 その言葉を聞いて、フロラは、今まで感じていた奇妙さや恐ろしさを霧散させた。
「よかった!」
 プリムラに駆け寄り、黒い麻布の長衣に包まれている艶やかな肢体を抱きしめた。
「よかったわね! プリムラ!」
 突然抱きしめられて、わずかに目を見開いたプリムラは、少しの逡巡の後、フロラの背にそっと手を回した。
 白金の髪に、頬を寄せてみる。
「喜んで、くれるの?」
「ええ! よかった!」
 フロラは、プリムラを見上げた。
 純白の雪に春の陽が当たってきらきら輝くような笑みを浮かべて。
「これで、もう、悲しいことはないわね? 『隠れる場所がなければ生きていけないの』って言うことはなくなるのね?」
 金の髪の魔法使いは、わずかに目を見開いた。
「……そんなこと、覚えてたの?」
 小さなつぶやきに、フロラは微笑んでうなずき、プリムラの金の髪をすく。
「プリムラが幸せになれれば、私は嬉しい。よかった!」
「フローレンス」
 プリムラは、フロラを抱きしめた。
 フロラは柔らかい笑みを浮かべて、プリムラの背をあやすようになでた。

 衣服を通して、お互いの暖かさが通じ合ったころ。プリムラはフロラの両肩を手に包んで、そっと距離を離した。
「ファウナス王子とは、どうだった?」
 フロラは頬を桜色に染めて、うなずいた。
「ありがとう、プリムラ。私、あなたに背を押してもらわなければ、自分の気持ちがわからないままだったわ」
 プリムラは静かに笑った。
「……よかった」
 そして、笑みを引きとって、自分のことを話した。
「私はね、師匠の教えを受けて、もっと力をつけるって決めたの」
「そう」
「気に入らない女だけど、……力だけは認めるわ」
 フロラは、微苦笑を浮かべた。
「そう」
「彼女についている間は、彼女に従うしかない。でも、いつか必ず、彼女を越えてやるわ」
 継妹は、うなずいた。
「がんばって、プリムラ」
 継姉は、微笑んだ。
「ありがとう。フローレンス」



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