「ただいま」
日が西に傾きかけたころ。
帰ってきたフロラは、まず目と耳を疑った。
「お帰りなさいませ」
プリムラが玄関に立って、丁重に礼をして迎えてくれたからだった。
驚きのあまり、フロラは後ずさり、閉まった扉に背中が当たって鈍い音を立てた。
「いかがなさいました? フローレンス様」
プリムラは顔を上げて、氷の花のように笑った。
プリムラが笑った。
フロラは、厳冬の凍てつく風に吹かれたように、顔色を失った。
「……どうしたの……? プリムラ……」
そして、ぎこちなく問いを続ける。
「クリスティーナさんに、何か、された?」
様子がおかしすぎる。納得できる理由を聞かないことには家には上がれない、とすら思った。
果たして、プリムラは首を振って否定した。
「いいえ」
「では、どうして?」
魔法使いは、白金の乙女に嗤いかける。
「師匠であるクリスティーナ様がおっしゃいました。わたくしは、もう魔女ではなく魔法使いだと」
「……本当!?」
その言葉を聞いて、フロラは、今まで感じていた奇妙さや恐ろしさを霧散させた。
「よかった!」
プリムラに駆け寄り、黒い麻布の長衣に包まれている艶やかな肢体を抱きしめた。
「よかったわね! プリムラ!」
突然抱きしめられて、わずかに目を見開いたプリムラは、少しの逡巡の後、フロラの背にそっと手を回した。
白金の髪に、頬を寄せてみる。
「喜んで、くれるの?」
「ええ! よかった!」
フロラは、プリムラを見上げた。
純白の雪に春の陽が当たってきらきら輝くような笑みを浮かべて。
「これで、もう、悲しいことはないわね? 『隠れる場所がなければ生きていけないの』って言うことはなくなるのね?」
金の髪の魔法使いは、わずかに目を見開いた。
「……そんなこと、覚えてたの?」
小さなつぶやきに、フロラは微笑んでうなずき、プリムラの金の髪をすく。
「プリムラが幸せになれれば、私は嬉しい。よかった!」
「フローレンス」
プリムラは、フロラを抱きしめた。
フロラは柔らかい笑みを浮かべて、プリムラの背をあやすようになでた。
衣服を通して、お互いの暖かさが通じ合ったころ。プリムラはフロラの両肩を手に包んで、そっと距離を離した。
「ファウナス王子とは、どうだった?」
フロラは頬を桜色に染めて、うなずいた。
「ありがとう、プリムラ。私、あなたに背を押してもらわなければ、自分の気持ちがわからないままだったわ」
プリムラは静かに笑った。
「……よかった」
そして、笑みを引きとって、自分のことを話した。
「私はね、師匠の教えを受けて、もっと力をつけるって決めたの」
「そう」
「気に入らない女だけど、……力だけは認めるわ」
フロラは、微苦笑を浮かべた。
「そう」
「彼女についている間は、彼女に従うしかない。でも、いつか必ず、彼女を越えてやるわ」
継妹は、うなずいた。
「がんばって、プリムラ」
継姉は、微笑んだ。
「ありがとう。フローレンス」
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