シンデレラ2 後日談

すぎな之助(旧:歌帖楓月)

127 悪夢の到来?

 夕方になった。
 春の夕焼け空の下、ファウナス王子は王宮に戻った。
 明日は月曜日。いつもならば、また一週間が始まるのかと、ゆううつな気持ちになるときもあるが、今日は違う。
 明日は、思いの通じたフロラと大学で会える。その後は王宮で会える。
 そう考えただけで、笑みがこぼれる。
 王子は、王宮の正面である大広間への入り口から中に入り、時計室に向かった。
 鍵を開けて扉を開けばな、王子はこらえきれずにつぶやいた。
「幸せだな」
 言った瞬間、背後に冷たい気配が立った。まるで悪夢の到来のように。
「そうですか。それはようございましわねえ?」
 王子はぞっとして振り返った。
「クリスティーナ!」
 魔法使いクリスティーナが立っていた。冷笑を浮かべて。
「お前、今日は日曜だぞ! なんでいるんだ?」
 王子の抗議を、魔法使いは大仰なため息で振り払った。
「なんて忘れっぽい方なのかしら。朝だってお会いしましたでしょう?」
「朝一回で十分だ!」
「まあ照れ屋さん。それならば、休日の時はずうっと張り付いて差し上げましょうか?」
「十分だと言っているだろう! 人の話は素直に聞けよ!」
「はいはいはい。嫌だという気持ちは十二分にわかりましたわ。私も同意見ですからご安心なさってくださいな」
 クリスティーナはいいかげんにあしらって、王子を時計室の中へ入るように促した。

「まずは、おめでとうございます。でしょうか?」
 時計室の中で、魔法使いは腕を組んで、にやにや笑う。
「よかったですわねえ? 大事にしてやってくださいまし」
 受ける王子は、祝いの言葉を受けているとは思えない表情だった。むしろ、呪いの言葉を吹きかけられたという方が、ふさわしかった。
「気のせいだろうか、戦慄を覚えるのだが」
 クリスティーナは微笑んでうなずいた。
「ああら。私の本心を感じ取っていただけたようですね? でも、祝う気持ちはありますのよ? では問題です。どうして私は怒っているのでしょうか?」
 王子は目を背けて、嫌な魔法使いを視界から消した。
「わかりたくない」
 魔法使いは、そんな王子の目の前にわざと立ちなおして、じっと見つめた上で嗤った。
「わからなくても、感謝していただければそれで済みますわ?」
 ファウナ王子は、毒虫を突きつけられたかのように、さっと後ずさって、眉間にしわを寄せた。
「お前、要は私にいちゃもんをつけて苛めたいだけだろう?」
 王子は不機嫌に目を細めた。
「いいえ」
 魔法使いは大きく首を振る。そして、そんなこともわからなないのか? と言いたげな、嘆かわしそうな表情で肩をすくめた。
「わざわざ日曜日にそんなつまらないことをする必要なんてありません。平日で事足りてますわ?」
 王子はため息をつく。
「クリスティーナ。そう、ねちねちいびらないでくれ。私の何がどう悪かったのだ。謝るから」
 魔法使いは、組んでいた腕を解いて、腰に当てた。
「なにがどうですって? では、昨日、わたしはあなたの額をはじきました。あれは一体何だったでしょうか? さ、お答えくださいまし」
 王子は、頭をひねった。
「それを答えさせるためだけに、わざわざ来たのか?」
「ええ」
「まったく」
 王子は嘆息して、考えた。
 あのとき、クリスティーナは「ご褒美にも罰にもなる」と言った。魔法であることは間違いない。では、その後、何か奇妙なことはあったか?
「あ」
 一つ思い浮かんだ。
 ガーネットのことだった。午前中、工学部に来た時に彼女はきになる言葉を言った。「クリスティーナに守ってもらったでしょう?」
 そういえば、昨夜も今日も、ガーネットは別れ際の様子がおかしかった。私から逃げたがっているようだった。
 王子は、それらから類推し、答えをひねり出した。
「魔法使いが嫌がる、忌避魔法でも掛けたのか?」
 クリスティーナは、笑顔でうなずいた。
「まあ、私をそんなにも良い魔法使いだと評価なさっているのですね?」
 笑顔は、より嬉しそうなものになる。
「はずれ。逆です」
 王子は渋い顔になる。
「逆ってなんだよ」
「ふふ」
 クリスティーナは笑った。そして、心から楽しそうに答える。
「魔法使い限定の『魅惑』の魔法です。わたくしよりも弱い魔法使いであれば、たいていは王子に惹かれます」
「な、」
 王子の頭の中は、真っ白になった。



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