シンデレラ2 後日談

すぎな之助(旧:歌帖楓月)

130 仲直り

「ごめんな。ガーネット。いきなり呼び出した上に変なことをしてしまって」
 王子は幻の姫の方を振り返ると、謝った。
「……」
 ガーネットは、王子を、はりつめた表情のままで無言で見上げた。
「うちの魔法使いが失礼をした。謝る」
 王子は、魔法使いの少女に頭を下げた。
「……」
 ファセットの令嬢は、胸の前で手を合わせて指を組んで、それを目を見開いて見ていた。
「ファウナス王子……」
 王子が顔を上げると、令嬢と目が合った。
 王子は、笑った。
 社交上の美麗な微笑みではなく、素直な感情を表す笑みで。
「もう大丈夫だから。クリスティーナは、やっぱり怖かったろう?」
 令嬢は、
「う……」
 こわばった表情を取り落として、泣き出した。
 幼いころよりの教育がそうさせるのか、けして大声を上げることなく、可憐に優美に。細い手で顔をおおって。
 ガーネットはひとしきり泣いた。長い嗚咽は、恐怖が去った安堵の涙だけではないようだった。この後に聞くであろう王子の言葉、そして、自分の答えを予想して、泣いているようだった。

 やがて、幻の姫は、涙をふいて王子を見つめた。
「ファウナス王子、泣いてしまって失礼いたしました。あなたに謝っていただくことはありませんでしたのに」
「いいや」
 王子は首を振る。
「クリスティーナは王宮付きの魔法使い。私の下についている者だ。彼女の不始末は私の責任だ」
 ファウナ王子は眼を伏せて、そしてまたガーネットを見た。
「ガーネット、」
 しかし、それに続く言葉を塞ぐように、ガーネットが口を開いた。
「ファウナス王子。昨日、あなたは、幼少のころの私の様子を言いました。人形のようだったと」
 王子は、ガーネットが何故そんな話をし始めたのか、今ひとつわからなかった。
「? ああ」
 ガーネットは、王子の薄紫の瞳を、悲しそうに見た。
「でも、わたくしの心の中まではご存じないでしょう? どんな気持ちで、あんなふうにしていたかなんて」
「……うん。まあ」
 王子からぎこちないうなずきをもらうと、ガーネットは目を伏せて話を続ける。
「わたくしは人形ではありません。ちゃんと王子が見えておりました。……楽しそうに、フローレンス様と走り回っているあなたの姿が」
 再び顔を上げて、王子を見つめる。
「わたくしは魔女です。あなたがたよりもずっと、ずっと丈夫なのです。か弱く守られているお人形では、決してなかった。わたくしも、フローレンス様みたいに、あなたと遊びたかった。思い切り、遊びたかった。あなたと、笑い合いたかったのです!」
 そこまでいうと、ガーネットの銀の瞳から、涙が次々に落ち始めた。
「ずっと仲良くなりたかったのですよ。小さなフローレンス様と遊ぶあなた、王宮付きの魔法使いたち……魔法使い、魔女……それは、私の仲間。彼らとうまくやっているあなた。社交の場以外での飾らないあなたと、ずっと仲良くなりたかった!」
「ガーネット……」
 王子は、驚いていた。
 そんなことを思っていたとは……。てっきり、「王子」という地位だけが目的で近づいてくるものとばかり思っていたのに。
 ガーネットは、王子を見て、微笑んだ。
「クリスティーナからかばってくださって、嬉しかった。怖かっただろう、って、あなたの心からの心配の言葉をいただけて、嬉しかった」
 王子は、言葉もなくガーネットを見つめる。
 ガーネットは、笑った。
「妃になるのはあきらめますわ。でも、どうかお友達になってくださいまし」
 魔法使いの素直な笑みに、王子はうなずいた。
「うん……。わかった」
「嬉しい」
 魔法使いの少女は王子に微笑みかけ、王子も微笑み返した。

「めでたしめでたし。ああよかったこと。さてと、それでは、わたくしは帰ります」
 若い二人のやりとりを無言で見守っていた魔法使いは、暖かく微笑みながらそうまとめて、消えようとする。
 が、王子はクリスティーナの右肩を強くつかんで引き止めた。
「肝心なことが終わってないだろう? クリスティーナ」
 薄紫の瞳には呆れと怒りとが織り交ざって光っている。
「魔法を解け」
「そうですわ」
 ガーネットも言葉で加勢をする。少し離れた位置から。
「解いてもらわなければ、わたくし、いつまでも王子のお友達にはなれません!」
 クリスティーナは、目を細めて苦々しく王子を見る。
「魅惑の魔法くらい、根性で解いてくださいまし」
「できるか!」
 魔法使いは、舌打ちした。
「まったく。手を焼かせる王子様ですこと」
「迷惑掛けたのはお前だ! いいから解け!」
 妖艶な美女の目が、剣呑に細まる。
「言葉遣いが、なってませんわよ?」
 ふん、と、王子は鼻を鳴らした。
「さっき、私がお前の不手際を謝ったのであいこだ」
「まあ小賢しい。わかりました」
 クリスティーナはファウナ王子の額を平手で叩いた。
 ぺん! という音がした。
 まるで悪さをした子供を叱るときのようだった。
「……」
 王子は、憮然とした表情で、額に手を当てている。
「これで解けたのか?」
 眉を上げて、魔法使いクリスティーナはうなずく。
「きれいさっぱり」
 だが、王子の表情は晴れない。
「掛けられる時も、解かれる時も、やりかたに何かひっかかるものを感じるんだが?」
 魔法使いは数度うなずく。
「気になさらないでくださいまし。馬鹿な子ほど可愛いという本心の表れですから」
 二人は、お互いに、険悪な表情で見合った。
「この根性悪」
「また掛けなおされたいのですか?」
 ああ言えばこう言う、王子と魔法使いとの言葉の応酬に、ガーネットは浮かない顔でつぶやいた。
「なんて楽しそう。ああ。私も王子様と、そんな風に、気の置けない間柄になりたいものですわ……」
 王子は、その言葉を聞いて、始めにぎょっとし、次いで肩を落とす。
「勘弁してくれ。こんなのは二人もいらない」
 ガーネットは、うんざりしている王子の姿を見て、にっこり笑った。
「はい。では、今度は、クリスティーナが不在の時を狙って遊びにまいります」
 ドレスのすそを広げて、優雅に一礼する。
「もう帰りますわ。ごきげんよう」



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