シンデレラ2 後日談

すぎな之助(旧:歌帖楓月)

131 幸せになれよ

 ガーネットが消えて、時計室には二人が残った。
「なんとか収まった。ああよかった」
 息をついて、王子は歯車を見上げた。一日の仕事を終えて、ぐったりと夕日を見つめる肉体労働者のようだった。
「やれやれだ」
「ふふ」
 クリスティーナは、その様子を見て、おかしそうに笑う。
「まるで若者らしくありませんわね」
 ファウナ王子は渋い顔で魔法使いの笑顔を見る。
「お前が疲れさせるからだ」
「それは失礼いたしました」
 意外にも、魔法使いは穏やかに応じた。珍しく反論をしなかった。
 王子と同じように、歯車を見上げた。
 しかし、その銀の目は、ここではない遠くを見ているようだった。
 王子は、おや? という顔をしたが、すぐに歯車に視線を戻した。
 二人は、しばらく無言で、教授の歯車を見つめ続けた。
 王子は、彼女の内面を、実は良くわかっている。彼女が十五で王宮に上がったころからずっと、近くで見てきたから。師について修行するところも。魔女から魔法使いに変わるところも。深更、独りで月を見つめている横顔も。誰を愛しているかも。
「……何かあったのか?」
 二人以外の第三者が聞いたら、ひどくわかりづらい問いを、王子は口にした。
 魔法使いは軽く笑って、王子と同じものを見つめ直す。
「別に、何もありませんよ」
 言葉の響きを楽しむように、ゆっくりした調子で、クリスティーナは言葉を返した。
「ふうん」
 二人は、再び、教授の歯車を見つめ続けた。
「なあ、クリスティーナ」
「なんですか? 王子」
「……幸せになれよ?」
 魔法使いは、歯車を見つめ続けたままの王子の横顔を見た。
 そっと微笑む。
「どうして、そんな言葉をくださるのです?」
「なんとなくな」
 再び、魔法使いは歯車を見上げる。
「本当に幸せになってもよろしいのですか?」
「できることなら、本当に幸せになってもらいたいと思っているんだ。あなたは、私にとっては姉のようなひとだから」
 クリスティーナは、くすりと笑って息をついた。
「可愛らしいことをおっしゃってくださるのね」
「たまにはな」
「フロラを、大切にしてくださいましね」
「うん。大事にするよ」
「何かあったら、私と、うちのひよっ子が黙ってませんからね」
「わかっている。横取りされないように、頑張るよ」
 王宮の魔法使いは、王子の頭をなでた。
「頑張ってくださいまし。可愛い姪とあなたの幸せは、このクリスティーナが守りますから」
 言葉が終わったとき、魔法使いの姿は時計室から消えていた。
 ファウナ王子は、名残を惜しむように、魔法使いがいた場所を見つめた。
「しあわせになれよ」

「教授」
 一人になった時計室で、王子はつぶやく。
「あなたの大切なお嬢さんを、私は愛しています。彼女も私を」
 王子の心の中にいる教授は、昔のままだった。
 楽しそうに時計室を作っている姿、私を迎える微笑み、そして、フロラに注がれる慈愛の笑み。
 もし、生きていたら、教授は私の言葉に何と答えてくれただろうか。
 すぐそこにある命の刻限を前に、娘のために奔走して、娘に一生の愛情を注ぎ、希望の種をまいていった教授。
「幸せにします。きっと。いいえ。必ず」
 王子は時計室に誓った。教授が王宮に命を吹き込んでいった場所に。



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