「ただいまー!」
満面の笑みで、魔法使いクリスティーナは帰宅した。
愛する姪の待つ自宅に。
「お帰りなさい。クリスティーナさん」
姪が、玄関で、笑顔で迎えてくれる。
その優しい笑顔を目にしただけで、クリスティーナの一日の疲れは消し飛ぶ。本当に疲れているのかどうかは、別として。
「ただいま! フロラ!」
クリスティーナは、愛しい姪をぎゅっと抱きしめる。相手はもうすぐ成人の乙女なのだが、クリスティーナには親の帰りを待ちわびた幼い娘のように見える。可愛くて仕方がない。
そして、愛娘越しに、うやうやしく頭を下げている金髪の女を見つけた。
笑顔がまとめて引っ込む。
「おかえりなさいませ。クリスティーナ様」
弟子だった。
弟子は頭を上げると、しとやかに笑ってみせた。
「お食事の用意ができております」
「そう」
「それともお風呂になさいます?」
「食事にするわ」
「かしこまりました」
一連のやり取りの後、弟子は去っていった。
姪が、クリスティーナを見上げてたずねる。
「クリスティーナさん。プリムラは魔法使いになれたのですね?」
クリスティーナは、一応微笑む。姪のために。継姉を思いやる姪の優しい心、だけ、のために。
「そうよ」
「よかった」
姪は一層微笑んだ。
クリスティーナは、姪が微笑んだのが嬉しくて微笑んだ。
姪は、そしてこう言った。
「クリスティーナさん。私、プリムラと仲良くなれそうなんです。さっき、お祝いを言ったら、笑ってくれました。『ありがとう』って」
「……」
叔母は、ひとときの沈黙の後に、「そう」と微笑んでみせ、姪を丁寧に離して、厨房に急行した。
「ちょっと、いい?」
一応は穏やかな声が掛けられた。
美しく盛り付けた肉料理を食台にのせたところで、プリムラは顔を上げた。
出入り口の方を見て、慎ましく笑う。
「なにか? クリスティーナ様」
扉の際に立つクリスティーナは、優雅に微笑んで返す。
「一言、今のうちに言っておこうかしらと思って」
「何でしょう?」
師匠の微笑みが極地のような冷たさになった。
「魔法使いになったら全て自己責任だけれど。でも、私の可愛い姪に何かしたら、ぶっ殺すわよ?」
弟子は、従順な笑みを浮かべた。
「はい」
「フロラに触らないで、必要以上に話さないで、目を見て笑わないで。いいわね?」
「はい」
「一つでも破ったら、瞬時に追い出すわよ?」
「はい」
「素直ね?」
「はい」
「……なんか、腹が立ってきたわ」
プリムラは、目を伏せて謝った。
「ご気分を損ねてしまって、申し訳ありません。クリスティーナ様」
「心にもないことを言うなっ!」
叔母の叫び声に驚いたフロラは、二階の自室に戻るのをやめて、厨房へと走っていった。
「クリスティーナさん!?」
果たして厨房では、クリスティーナがプリムラを締め上げていた。
「クリスティーナさん、やめて!」
フロラは二人の間に割って入り、プリムラを背にしてクリスティーナの方を向いた。
クリスティーナは、姪が悲しそうな顔で自分を見上げてたので、たじろいだ。
「違うのよ、フロラ。あのね……」
「ゴホゴホゴホッ」
だが、これみよがしにプリムラが咳き込んで床に崩れる。
「プリムラ! 大丈夫?」
フロラは泣き出しそうな顔でプリムラの隣に膝を付いて、相手の背をさする。
まずい。
クリスティーナは、思った。
これじゃ、まるで私が一方的に苛めているみたいじゃないの。
苛めているのは事実だし、苛めが嫌いかというと大好きだが。
姪にきらわれるのだけは嫌だ。
このままだと、この、しおらしいふりをしたガキが、堂々と被害者面することになる。すると自分は加害者となる。その場合、フロラはプリムラの肩を持つ。
ゆるせないわ。
クリスティーナは、ゆえに、言った。
「ガキ。前言は撤回するわ。しおらしい真似したら、叩き出すわよ!」
ということで、夕食からは、これまでの風景とほぼ同じに戻った。
楽しく語らいながら向かい合って食事をするクリスティーナとフロラ。
二人とは三角形を作る位置に座って、無口無表情で食を進めるプリムラ。
さて、食事が終わると、クリスティーナはお茶を飲みながら福々と笑って言った。
「ところでフロラ、王子とお付き合いすることになったのですって?」
「え?」
フロラの頬が赤くなった。
「クリスティーナさん、どうして知ってるんですか?」
「ふふふ。さっき、王宮で王子と会ったら、やたら幸せそうな顔しているんですもの。理由を聞いたら話してくれたわ」
実際は聞くの聞かないのの話ではなく、クリスティーナ自身が加担し、たきつけていたのだが。しかし、叔母はそんなことはおくびにも出さずに、あくまでも「王子から聞いた」という姿勢を貫く。
フロラは、恥ずかしそうに顔をうつむけて、しかし嬉しそうに、「そうなんです」と小さく言った。
クリスティーナは、姪の初々しい姿に、愛情に満ちた微笑みを向けた。そして次に、弟子の方を見て嗤う。
弟子は師匠を睨んだ。
プリムラはフロラを諦めたとはいえ、想いが消えて無くなったわけではない。だから、幸せそうなフロラの様子は、プリムラの胸にはこたえる。
この会話は、クリスティーナからプリムラへの嫌がらせでもある。
叔母と姪はくすぐったい話を続ける。いや、叔母がどんどん話を持ちかけて、初々しい姪を照れさせる。
「これからは、本当にファウナス王子の相手として、舞踏会で踊ることになるのね?」
「……はい」
「大事にしてもらうのよ?」
「大事にだなんて……。私こそ、ファウナ王子にふさわしくなれるように、がんばろうと思ってるんです」
「大丈夫よ。フロラは器量も気立てもいいんだから。それに二人とも、兄さんの研究に興味を持っているじゃないの。お似合いよ」
フロラは赤くなる。
「そんな……」
ここでプリムラが、何も言わずに椅子から立ち上がった。いたたまれなくなったらしい。
「あらぁ? どうしたの? プリムラ」
クリスティーナは、フロラへの笑顔と同じものを、プリムラに向けた。
プリムラも、しかし負けてはおらず、しとやかに笑い返した。
「洗い物をしようかと思いまして。わたくしのことは気になさらないで、お話を続けてください」
「そうなの? それはどうもありがとう」
「いいえ。弟子のつとめですから」
二人は、うそざむいほど猫なで声の会話を続けて、お互いに微笑み合った。いやにやわらかく。
「ホホホ」
「ふふふ」
フロラは、不思議そうな顔をして、妙に仲の良い二人の表情を交互に見る。
「?」
この師弟が、姪と義妹のことに関してだけは氷点下の間柄であることを、フロラだけは知らなかった。いつまでも。
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