「王子」
背後のフロラが、声をかける。
王子が少し振り返ると、気遣う微笑みが迎えた。
フロラは小さな声でささやく。
「間に立つのは大変では? ファセット家のご長女様は、わたくしと話をなさりたいのでしょう?」
王子も小さく返した。
「ただ話をしたいわけでは、ないんだよ?」
ひどく言いにくそうに、少しの言葉を口にした。その分、表情が多くを物語っていた。
フロラは、王子が何を言いたいのかわかっているつもりだった。ガーネットは、他愛ない会話をしたいのではない。恋のさやあてに、フロラを牽制するつもりなのだ。
フロラはそっと笑ってみせた。
「ええ。大丈夫ですから」
継母に虐げられてきた、フロラの十年間の暮らしに比べれば、どれほどのこともない。良家の令嬢がすることなら。
「お話してくださいますの? 嬉しいですわ」
王子の返答より先に、ガーネットの声がかかった。
王子が、複雑な視線で令嬢の方を見ると、彼女は桃花のようにやわらかく微笑んでいる。
「フローレンス様?」
「はい」
フロラは、気負いのない素直な微笑みを浮かべて応じた。
王子は浮かない顔で、しぶしぶと二人の間から退く。
ガーネットの花のような微笑みが、フロラに向けられる。
「ごきげんよう。フローレンス様。舞踏会では良くお会いしますわね?」
フロラも優しい微笑みを浮かべた。
「ごきげんよう。ファセット家のご長女、ガーネット様」
ガーネットは、「うふふ」と、愛らしく微笑んだ。
そして、
フロラを階段から突き飛ばした。
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