「ちょうどだったな」
階段のきわに来た王子は優雅に微笑んだ。
フローレンスが馬車から降りるところだった。
王子の後ろに立つ侍従長が、フォッフォッフォと笑った。
「これはまた一段と美しい。眼福でございます」
そして後ろを振り返り、控えている三人の侍従たちに「ではまかせたぞ」と言い置くと、消える。
王子は微笑んだまま、呆れ声でつぶやいた。
「まったく。侍従長までついてくるから何事かと思ったら……フロラを見に来たわけか」
階段を上がったところで、ファウナ王子が待っていた。
「ようこそ。フローレンス嬢」
王子は、藤花のような気品と典雅さのある微笑みを浮かべて迎える。
「ファウナス王子。お招きいただきまして、ありがとうございます」
フロラはドレスのすそを広げて礼をする。背後の侍女は深く礼をして、そのまま控えた。
顔を上げると、どこか腕白な微笑みが待っていた。
「来てくれてありがとう。フロラ」
社交辞令ではない言葉がフローレンスを迎えた。
「いいえ。ファウナ王子」
心からの笑みを返すと、王子が頬を染めた。
照れたように顔を少し背けて、小さくつぶやく。
「今晩も……きれいだね」
その言葉に、これまでならお世辞を受ける微笑みで「王子も素敵です」とすんなり返していたフロラだったが、今晩は違った。
「いいえ」
王子と同じように、フロラも桜色に上気した。可憐な声が小さく続く。
「王子も、素敵です」
そんな相手を見て、王子もさらにとまどう。
「そう? あ、ありがとう」
二人とも、次の言葉を失って、しばしうつむき合う。
そのとき、大広間で演奏されていた談笑用の音楽の調子が、ゆったりしたものから弾むようなものに変わった。
桜色の沈黙がそこで切れた。二人は顔を見合わせる。
王子はにっこり笑って、右手を差し出す。
「行こう」
「はい。王子」
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