王立病院から王宮への通路で、若い医師は困っていた。
「これをどうすべきか」
扱いにくい化学物質を見つめるように、彼は右手にさげた大きな紙袋を見た。
「ああ」
彼は、ためいきをつく。
医師は当直明けだった。
夕べは、寝る間もないほど患者がきた。ここが救急指定の病院ではないにもかかわらず。
精神にも肉体にも震えがくるほど疲れた。
明け方になってようやく患者も来なくなった。
ぐったりしている医師の元へ、料理人の「白衣」を着た院長がやってきた。彼の趣味は、本業そっちのけで王宮の厨房にこもることである。
院長は、紙袋を持っていた。
そして、若い医師に向かってこう言った。
「おはよう。私は、一晩中、王宮の厨房で宮廷料理人たちと試作品作りをしてきたところだ。おかげで会心の作ができた。よかったら朝食にしてくれ」
疲労しきった医師は、院長の暖かい心遣いに感激した。
だから、丁重に礼を言った。
院長は「なんの」と言って去った。
ふらふらの医師は、紙袋を開けた。
何が入っているのだろうか? 朝食に、と言うからには、パンのたぐいだろうか。
果たして、中には、バタークリームがこってりのったケーキが入っていた。
「……」
医師は、そのまま袋を閉じた。
「朝食がこれでは胃もたれするだろう。いくらなんでも」
そして今、医師は、重い気持ちと紙袋とをぶらさげて、王宮へと向かっている。
王宮は、彼の実家だった。
彼は王族だった。本来ならば、王子と呼ばれる人間だった。どうしても医者になるんだと言い張って、王宮を出た。
王宮には、もう彼の部屋は無い。さらに言うなら、居場所はない。
では彼は、何のためにそこへ行くのか。
医師は、少し微笑みを浮かべた。
「クリスティーナの部屋の前に置いておこう。あいつの家は女所帯だから、菓子類を喜ぶだろう」
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