「お疲れ様。フロラ」
「お疲れ様です。王子」
時計室で、二人は労い合う。
大きく息を吐いて、王子は伸びをした。歯車を見上げる。
「踊るのは好きなんだけどね」
フロラは、緊張を解いた王子を見て、柔らかく笑う。
「でも。王子、今晩はいつもよりも楽しそうでしたよ?」
王子は、それを聞いて、深く微笑んだ。視線をフロラに向ける。
「うん。もう逃げないって決めたんだ」
「逃げない?」
ファウナ王子はうなずいた。
自分の心を確認するように、少しうつむき加減で微笑む。
「令嬢たちからも、自分の心からも、逃げないって決めたんだ」
そして顔を上げ、どこか腕白に笑う。
「良く考えたら、クリスティーナや侍従長より怖いものなんて、あんまりないしね」
それを聞いて、フロラはふきだした。
「たしかに、そうですね」
「うん」
王子は、フロラが笑ったのを嬉しそうに見つめてから、言った。
「私は、もっと強くなるよ。フロラ」
「今でも強いですよ。王子」
「ううん」
ファウナ王子は首を振った。
「心が弱いんだ。頑張って、あなたくらい、強くなるから」
優しい青い瞳を、愛しそうに見返す。
「だから、フロラ。舞踏会への強制参加は今晩限りでおしまい」
「ファウナ王子、」
フロラは、目を見開いた。
王子は苦笑しながら、言葉を続ける。
「あなたを誘いたい気持ちはいっぱいなんだ。だから、僕は寂しいけどね。でも、フロラの優しさに甘えていたら、いつまでも一人立ちできない」
どういう表情を見せればいいのかわからないでいるフロラに、王子は、気にしないでと首を振った。
「見てて。一人前になるから」
明るい笑みを残し、王子は先に部屋を出た。
その後のフロラを、王子は知らない。
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